2009年11月04日

旅の思い出・1つの旅の終わり

8/31、釧路からバスで北見へ。
北見には毎回お世話になっている浦西さんに
迎えに来ていただいた。
有希さんは、念には念の寒さ対策でデパートで
服を購入。常呂まで浦西さんの車で向かう。

途中、「一本の樹」がある場所に連れていって
いただく。この時点では「一本の樹」を
モチーフにした曲を書き、常呂で初演することは
浦西さんはじめ常呂の皆さんには言っていなかった。

今回のライヴ「祝・再スタート記念しゃべりたいライヴ」に
合わせて書き上げた曲だが、私がイメージしてた以上に
「一本の樹」と今年2月に亡くなった「しゃべりたい」の
マスターとの縁が深いことに道中の浦西さんの
話でびっくりし、そして涙があふれそうになっていた。
「一本の樹」の曲を作ったことを浦西さんに
伝えそうになったが、ぐっとこらえた。

しゃべりたいに着き、今回もPAを担当していただく
外村さんと再会。普段は外村さんは漁師だが、
とても素晴らしい音響機材を持っている。

リハはすこぶる順調。ライヴが3日続いてくると
ほとんど音を合わせなくて音が整っていくのが
わかる。ツアー恐るべし。

近くの「Ble」で食事。毎回美味しい。
常呂の豊富な素材とシェフの腕ががっちり
組んだ味。

宿泊先で休んでから、ライヴ。

「しゃべりたい」には、すでに
顔見知りになっている人たちが多く集まっていた。

ツアー最終日スタート。
良いライヴをやってるときは、
後で細かい内容を思い出せないことが多い。

声がよく伸びていた。
有希さんのヴァイオリンもしなやかで
力強かった。

『ハシケン×江藤有希』の初ツアーは
かなり上出来だったと思う。

ラストで歌った「一本の樹」は
私が涙ぐんでしまい声がうわずってしまった
ところもあり、アンコールでもう一度歌った。

翌日、もう1泊常呂でゆっくりしようと
思っていたが、実家から父が倒れたと連絡が
入り、最終便で急きょ女満別空港から羽田へ
向かった。

そこからのことは、よく憶えている。

母と姉は気丈だった。
私だけがくずれていた。

9/6の告別式には出ずに、江の島へ
向かった。

ナイトステージ会場の虎丸座で
サウンドチェックしてから、江の島の
展望台にあるメインステージへ向かう。

メインステージにて、リクオさんセットで
「美しい島(くに)」をまず歌った。
ちょうどステージ後ろには夕陽が
富士山に落ちてゆくタイミング。
途中、何度も声が出なくなりそうだったが
何とか歌いきった。

「ソウル」は、山口洋さんとパーカッション
Pちゃんを加えて。

再び、虎丸座へ。
北海道ツアーを経ての演奏だったので
私も有希さんも、独特の安心感の中
ライヴをしていたように思う。

ここでも「一本の樹」を歌った。
「一本の樹」は、常呂の風景や
私が感じた常呂の皆さんの想いを
自分なりにまとめた曲だが、
歌詞をよくよく読んでみると
私と父との関係性を歌っているようにも
思えた。

父は結果的に、誰の手も煩わすこともなく
意識がなくなる数時間前まで仕事をしていた。
意識こそなかったが、私の面会を待っていてくれた。

北海道に出かけてから江の島でのライヴまでの
12日間が、とても濃くそして長くも短くもあった。
posted by ハシケン at 09:55| Comment(1) | TrackBack(0) | ハシケン×江藤有希 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする