2019年02月23日

たんじょうび51祭!第1夜

昨日いろいろリハで試したことをサウンドチェックでまたブラッシュアウトして臨んだ。リクオさん、美奈ちゃんサイコー!3時間超え!たくさんお客さん集まってもらえてほんと幸せです!
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今日はしっかり休んでまた明日!
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2019年02月22日

ドラムって。

今日はリクオさんも奄美に到着。午後から我那覇美奈ちゃんとリクオさんと3人でリハ。途中から楽しくて高校生の時にバンドをやっていたような気持ちになっていた。昨年12月の河村さんとの大阪ムジカの時と北海道での蝦名摩守俊くんとのツアーの時にドラムを叩いたが明日明後日も数曲ドラムを叩くことになった。歌を歌うのは大好きだしやめられないが、ドラムを叩くのも本当に好きだ。ドラムって独特の魔力がある。

私のドラム歴はギター弾きながら歌うことよりも実は長く小5の時から。初めてドラムに魅せられたのはゴダイゴのトミー・スナイダーさん。直感的にドラムを叩きたいと思い、近所で唯一ドラムを持っていた山口さんの家に親が頼んでくれて毎週日曜日に行っては1時間くらい叩かせてもらっていた。山口さんはキーボーディストだったが山口さんのドラムが置いてある部屋は「離れ」になっていて昼間ドカスカやっても大丈夫だった。その時山口さんが組んでいたバンドのボーカルの人やギターの人とも顔見知りになり私が高校生になってから地元のホンキートンクというライヴハウスに出る頃には、その人たちから「山口のところに来てたあの橋本くんか!」と言われたりしていた。

山口さんの離れにはビートルズのポスターが貼ってあったことは憶えてるが、私がビートルズにはまるのは山口さんのところに通っていた数年後の話。そしてこの時叩いてドラムを後々譲り受けることになった(この話はここに繋がる)。

大ちゃん(伊藤大地)のようにはもちろん叩けないが、叩く時の「表情」は負けてないと思う(笑)。明日明後日の「ハシケンたんじょうび51祭」は色々楽しむ。来れる人は思いっきり楽しんでね!

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この写真、何気にドラムの位置から。

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2019年02月21日

歌えば歌うほど。

今日は結局8時間くらいスタジオにいた。歌えば歌うほど、もっとこうしたい、こう歌いたいというところがどんどん出てくる。新しいことも試してみた。今週末の「ハシケンたんじょうび51祭」で初披露できることもありそう。後半、我那覇美奈ちゃんと2人でやるパートのリハもできた。明日は美奈ちゃん、リクオさんと3人でリハ。ケアしてよく休んでおこう。おやすみなさい。

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2019年02月20日

ワンナイトサンバ。

2005年リリースの『青い月』に収録した「ワンナイトサンバ」のレコーディングはとても思い出深い。『青い月』は盟友・河村博司さんとの共同作品。『青い月』制作時、ほぼ毎日しかも長時間河村さんとお互いの家に寝に帰る以外一緒にいた。『青い月』そして『Hug』のレコーディングは河村さんが在籍していたソウルフラワーユニオンの事務所ブレスト音楽出版の1室を貸していただき行なっている。その部屋は普通のレコーディングスタジオのように防音されてはいないが、独特の良い響きがある広めの部屋で長い時間居ても窮屈になることもなく居心地がよかった。

ある日「ワンナイトサンバ」を録音してみたが良い感じのものが中々録れず。録音方法を色々試してるうちに夜中を超え朝を迎えようとしていた。試しにマイクをたった1本設置してその前に座り込む形でガットギターを弾きながら歌った感じが今まで録音されたものより良い雰囲気を醸し出していた。何テイクか続けたかも。でも記憶が朧げ・・。ずっと作業を続けていて頭もハイになったままだった。録音しながら気になっていたのは、防音されていない部屋なので外の音が入る可能性だった。その部屋があったビルに朝ゴミ収集車がやってくるので、せっかく良いテイクが録れ始めたとしても収集車のエンジン音やバックする時に鳴る「ピー・ピー」のような音が入ってしまうかもしれない。。。

運良く収集車がくる前にベストテイクが録音できた。1本のマイクで歌もギターもいっぺんに録ったこともあり部屋の空間もそのまま記録されたような音。「ワンナイトサンバ」を聴くとあの早朝とその後のまぶしかった朝の光を思い出す。

この曲にはトロンボーンが重ねられている。吹いているのは村田陽一さん。かつて「JAGATARA(じゃがたら)」というバンドのメンバーだった村田さんの音を初めて生で聴いたのは約30年前。ご自身のバンドや数々のライヴやレコーディング、至る所でキャリアを積んできた村田さん。最近だと椎名林檎さんのバンドで吹いてる姿を映像で拝見した。『青い月』収録曲で「ワンナイトサンバ」「美しい島(くに)」「扉」の3曲に村田さんがトロンボーンで参加しているが、とりわけ「ワンナイトサンバ」のダビングレコーディング時のことは忘れることができない。

あの早朝一発録音してから数日後「ワンナイトサンバ」を一度さらっと聴いただけで村田さんは1曲丸々凄い演奏をし録音した。河村さんと私はその音を聴いて同じように「凄い」と思ったけど、2人共「何かはわからないが<何か>が少し足りない・・」ということと今の演奏を上回るものがまだこの後出るんじゃないかと期待して「もう一度お願いできますか?」と村田さんに伝えた。その言葉を聞いた村田さんはあからさまに不機嫌な感じで「どうして?」と訊いてきた。空気が凍った。「えーーーと・・今のも本当に素晴らしいと思うんですがもう一度トライしていただけませんか?」と再度伝えると「この曲のように弱い音でずっと吹き続けると唇が一度でダメになってしまい復帰するのに時間がかかるんだよ。」と言われた。でも少し時間を置いてもう一度吹いてもらえることになった。そして2テイク目。完璧だった。1テイク目をはるかに超える演奏。ただうまいだけじゃない。一緒に演奏してるわけではないのに歌への寄り添い方の素晴らしさ、即興で繰り出すメロディの引き出しの多さとその1音1音に全て意味を見いだせるほどの職人技にクラクラした。もちろんその2テイク目を採用した。村田さんは1テイク目から本気で臨んでもらい、もしかしたら失礼なお願いで嫌な思いをさせてしまったと思うが、あの時にあきらめなくて良かったと聴くたびに心から思える。

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2019年02月19日

晴れ男晴れ女。

大ちゃん(伊藤大地)は晴れ男。かつて台風直撃予想だったSAKEROCKの野音ライヴをライヴ中だけ雨をやませた経験ももつ(笑)。昨年9月のハシケントリオツアーはギリギリのところで台風を追いかけていく形になりライヴはありがたいことに問題なくできた。来月のトリオツアーもお願いしたい。ベチコちゃんも晴れ女。一緒にツアー回った時に雨や雪に降られた経験があまりない。60本以上一緒にライヴやってるけどそのうち降られたのは(雪がチラチラと小雨)1,2回だと思う。かなりなレベル・・。共演者に恵まれてるなぁ。
私も基本的には晴れ男のようだ。大降りだったのがライヴ前に小雨に変わり曇りになり晴れ間が出たりする。大ちゃんやベチコちゃんよりはパワー弱めな気がするけどね。今週末の「ハシケンたんじょうび51祭」2DAYSの天気はどうかなぁ。ピーカンにならなくてもいいけど晴れ間は出てほしいなぁ。

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2019年02月18日

海に向かって。

今日は海に三線を持っていった。沖縄民謡をさらったりまだ月は出ていなかったが「月光の道」を歌ったり。波の音が歌と歌、三線と三線の「間」をゆっくりつなげてくれる。やっぱりいいなぁ。いよいよ今週末に迫った「ハシケンたんじょうび51祭」。三線の登場場面増やそう。

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2019年02月17日

ちょうちょ。

蝶々は亡くなった人の魂、と奄美や沖縄で言われることがある。だから蝶々に出会うと亡くなった家族や知り合いが会いに来たのかなぁと思う。奄美に移住してから私は蝶々に出会う事が多くなった。ただ出会うだけではなく、あからさまに私に対してアプローチをするように私のすぐそばを飛び、舞う。

奄美の知り合いのお父さんが昨年亡くなった後、2匹(学術用語では蝶々は「頭」で数えるらしいですね)の蝶々に出会った。1匹は私のすぐそばを、もう1匹は少し遠めのところを飛んでいた。生前仲良くしてもらっていたからそのお父さんが会いに来たのかなぁって思って私のすぐそばに来た蝶々に「お父さん、会いに来たの?」って訊いたらその夜16年前に亡くなったうちのおばあちゃんが夢に出てきた。夢の中であばあちゃん寂しそうだった。あの蝶々はうちのおばあちゃんだったのかも・・。それ以来蝶々に出会った時は、うちのおばあちゃんかなぁとまずは思うようにしている。

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ラベル:蝶々
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2019年02月16日

ユタ神さま。その3

昨日のブログからのつづき。

栄さんに干支と生年月日を伝えて以来全く声を発していないうちに栄さんから私の体調のことや家族について伝えていただいた。そして突然「本題」に入った。

音楽に関することを2つ栄さんはゆっくり話し始めた。「あなたが歌う(あなたがやっているようなシマ唄以外にアレンジしたスタイルでの、という意味に私にはとれた)ワイド節は誰にも勝てません。だから自信を持って歌ってください」「あなたは高い声や強い声でいつも歌いたいと思ってるけど、あなたの本当の声の魅力が伝わるのは低い声でささやくような歌い方です」。

今から思うと不思議で感慨深い光景だ。ユタ神さまにプロデューサーのような見地からの歌唱指導をしていただいた。

確かに栄さんにお会いする前に作ってきた曲の中に意識的に「低い声でささやくような歌い方」をするように作った曲はない。やさしく歌っていても音域的には高めの曲が多い。アルバム『赤い実』に収録した曲の中に「For You」「青、生る」の2曲は低めの音域で歌っているけど意識的に「低い声でささやくような」歌としては作っていない(「For You」はジャズピアニスト板橋文夫さん作曲。「For You」についてはこちらもぜひ)。

栄さんにお会いしたあと作ったアルバム『青い月』に収録した「ワンナイトサンバ」と「タワー」は低い声でささやくような歌い方ができる歌を意識的に作って実践してみた曲。ここ最近は以前より低い音域が出るようになっている。高い音域に関してはありがたいことにデビュー時と全く変わらない感じで出せるし、裏声を返す唱法では以前より裏声の声も太くなっている。デビューした時よりも歌える音域は広くなりしかもまんべんなく声が出るようになっている。いつまで今のように歌えるかわからないが歌っていないと声は出なくなるのは確か。体調に気をつけつつ喉のケアをしながら「低い声でささやく」歌も増やしていきたい。

私がずっと声を発さないので(こちらから質問する必要がなく私が知りたいことや訊きたいと思っていなかったことまで答えていただきアドバイスもしていただけたからだけど)、最後に「質問したいと思ってここに来たのにそれは訊かなくていいんですか?」と栄さんの方から訊いていただいた。ここが一番驚いた。そこまで見えてしまってるか・・。確かに1つ訊きたいことがあったが同行した3人には聞かれたくないなぁと思い質問するのは止めようと思っていた。質問したいと思ってきたのは当時の恋愛の悩みに関してだった。「それはね・・・あなたがどうやっても動かない。だから今は放っておくしかないです」と言われた。結局こちらから一切質問しないまま全部栄さんが話して終わった。

栄さんは私が音楽を担当した2014年公開の河瀬直美監督作品「2つ目の窓」でユタ神さまとして出演している。初めてお会いしてから約10年を経てスクリーン上で「共演」を果たした。

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2019年02月15日

ユタ神さま。その2

昨日のブログからのつづき。

初めて奄美を訪れた際みていただいた阿世知さんの時にはまだ「ユタ神さま」という存在が一体どういうものなのかよくわからないままだった。2004年だったと思うが今度は女性のユタ神さま、栄さんのところに連れて行ってもらった。ユタ神さまに会う時には黒糖焼酎の3合瓶と塩、そしてお礼のお金(確かその時は3000円を包んだ)を持っていく。私を含め4人で行きそれぞれみていただいた。部屋が仕切られてはいたが声は漏れ聞こえてくるのでみてもらってる人が栄さんから何を伝えていただいてるかがその時は筒抜けだった。

私の順番になり栄さんのいる部屋に入ると神棚や鏡やお飾りがある前に栄さんは座っていた。私も栄さんの前に座り持っていった黒糖焼酎の3合瓶と塩とお礼のお金をお渡しすると干支と生年月日を訊かれ答えた。そして栄さんは器の中で塩を燃やし、瓶口にじょうごを乗せた一升瓶に私が持っていった3合瓶の焼酎を少しずつ入れながら私の眉間あたりを見つめ(見つめてはいるが私の存在自体を突き抜けて遠くまで視線を届かせているような目だった憶えがある)、私が一言も話さないのに私のその時の体調や家族についてなどを話し始めた。伝えていただいたことは全て当たっていた。次々に言われることが当たっていくことに対して多少の驚きがその時あったものの怖い感じや嫌な感じは全くなく「この人は本当に見えてるんだなぁ」と思え今目の前が起こってることを素直に受け入れることができて心地よかった。それは栄さんが大げさな振る舞いや言い方を一切せずに淡々と、でも温かみが伝わる口調で話していたからだと思う。(明日につづく)

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2019年02月14日

ユタ神さま。その1

先日の「つむぐうた」の翌日、Hello!New新居浜FMに生出演した際メロディ替えのビートルズカバー「Yesterday」をウクレレで弾き語りした。うれしいことにその時のパーソナリティの方から「低音の歌声が素敵ですね。」と言われた。低い声を自分でしっかり意識して歌うようになったのは奄美のユタ神さま・栄さんにお会いしてからだ。

奄美や沖縄にはユタ神さまと呼ばれる方たちがいる。「ユタ」は民間の霊能者(霊媒師とも言えるかなぁ。そこの線引きは難しい・・)。霊能者といっても決しておどろおどろしいものだったり眉唾なものではなく、進路に悩んでいたり人付き合いや恋愛のことや家を建てるならいつ頃?など相談したいことがあればそれを「どうしたらいいのか、いつがベストタイミングなのか」等アドバイスをもらいにいく感じ(とても重い内容の相談をしにユタ神さまに会う人もいると思うけど)。

私がお会いしたことがあるユタ神さまは奄美のお2人。阿世知さんという男性と栄さんという女性。どちらの方のところにも、奄美に初めて私を呼んでくれて以来お世話になっている麓憲吾(アーマイナープロジェクト代表・あまみエフエム理事長)が連れて行ってくれた。阿世知さんにお会いしたのは初めて奄美に行った時だった。ちょうど私のおじいちゃん側のルーツがどこから来ているか興味があった時でそのことを阿世知さんに訊いてみた。沖縄民謡を習ったり奄美に「ワイド節」が縁で来ることができるのは、もしかしたらルーツがはっきりしていないおじいちゃんの先祖が南方から来た可能性がありそのことが遠因になり沖縄や奄美との縁が繋がっているのかも、と思ったからだ。おじいちゃんの元々の苗字は婿入りのため「橋本」ではなく「三木(みつぎ)」。その苗字のことを阿世知さんに話すと「その苗字は奄美にもありますね」と答えた。その時はまだユタ神さまの「力」をまだよくわかっていなかった。(明日につづく)

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2019年02月13日

余韻。

先日の愛媛新居浜での「つむぐうた」コンサートの余韻がまだまだあってひたひた中。先日のブログにコンサートのことは詳しく書いたが、約1年前から準備が始まり企画して中心になって動きまわってもらったまさにぃにできるだけ応えたいし今できる一番良い状態のものを瑞希ちゃん、ベチコちゃんと共に観せたい!という気持ちが強かっただけにいつもとはまた違う余韻が続いているのだと思う。いよいよ近づいてきた「ハシケンたんじょうび51祭」の準備をして気持ちも向けていく必要があるけど、今日はまだ余韻にひたっていたいから体休ませながらひたり続けよう(笑)。ほんとかけがえのない素晴らしい時間を皆さんと共有できたことがめっちゃうれしい。ありがとう!!!

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2019年02月12日

はいぬみかじ。

私はこの場所に親兄弟はいないよ 友達恋人が親兄弟なんだよ

ヤギフミトモくんの曲「はいぬみかじ」に出てくる歌詞。ヤギくんに初めて会ったのは残念ながら今はもうなくなってしまった那覇・桜坂劇場すぐそばにあったBarドラミンゴでの初ライブ(2013年6月)の時。ドラミンゴのオーナーこうちゃん(さとうこうすけ)がオープニングアクトとしてヤギくんを呼んでくれた。

ヤギくんが「はいぬみかじ」を歌いだした時の衝撃は忘れない。埼玉県秩父で生まれ育ち18から東京に出て43までずっと関東に住み音楽活動をし2011年6月に奄美に移住した私にとってこの歌の歌詞は私のことを知っていて私のことを歌ってるのかと思うほどだった。ヤギくんによくよく聞いてみると「はいぬみかじ」は大学時代を過ごした関西で書き上げた曲で沖縄や奄美のシマ唄にも同様の歌詞があるという。沖縄民謡を習い奄美に縁がありながら全く知らなかった。この歌を歌いたいと思いすぐにカバーを始め2015年にリリースした『レラマカニ』に収録した。

この歌を歌う時に抑えようと思ってもどうしてもあふれてくるものがある。歌詞とリンクする場面が多く複雑で一言では言い表せない感情を呼びおこす。家族や親戚が近くにいて住み慣れた環境から、そうではない場所でまわりの人たちから目に見える形目に見えない形問わずお世話になっていてそこで生かされているという感覚もあふれてくる。この歌に出会えて良かった。歌い続けていきたい。


はいぬみかじ
作詞・曲ヤギフミトモ
(原曲は沖縄の言葉で半分以上歌われてます)

私はこの場所に親兄弟はいないよ
友達恋人が親兄弟なんだよ

私はこの島に親兄弟はいないよ
あなたやこの島が親兄弟なんだよ
(※この部分はハシケンバージョンのみ)

思い出すのは南の風
生まれた場所の懐かしさ
思い出すのは南の風
旅立つ場所の懐かしさ

私はこの場所に親兄弟はいないよ
友達恋人が親兄弟なんだよ

うみじゃすさ はいぬみかじ
生まれた場所の懐かしさ
うみじゃすさ はいぬみかじ
旅立つ場所の懐かしさ



ここでヤギくんの「はいぬみかじ」観ることができます。


ハシケン「はいぬみかじ」収録CD『RERAMAKANI』
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ヤギフミトモ「はいぬみかじ」収録CD『Beyond』
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2019年02月11日

つむぐうた。

ここ最近の四国でのツアーをいつも手伝ってもらってる「まさにぃ」こと神野さんと昨年3月のソロツアーの時に「まさにぃの地元の新居浜ではまだライヴやってませんね〜」という話が出て、まさにぃが私の曲「青い月」(この曲に関してはこちらもぜひ)がすごく好きということとまさにぃと中村瑞希ちゃんとは旧知の仲で、その「青い月」を瑞希ちゃんも歌っていたり、それだったらベチコちゃんもいたらかなり面白くなりそうですねー!みたいな話がトントン拍子で決まり、会場のあかがねミュージアムをすぐに押さえていただくことになった。

会場を押さえた頃は、まだまだ遠い話だなぁと思っていたら昨年12月の「つむぐうたにバトンするハシケンソロツアー」の頃には急に目前に迫ってきて現実味が一気に増してきた。8日の大阪ムジカジャポニカでのライヴ共演後一昨日私とベチコちゃんは新居浜に入り、瑞希ちゃんも鹿児島から到着。夜、休憩をとりつつもかなりみっちりリハーサルができた。
そして昨日は朝10時に会場入りしてサウンドチェック。ステージから客席後方も満べんなく見渡せるちょうどいいサイズのホール。サウンドチェックで歌ったりピアノを弾いてるだけでかなり気持ちよかった。

まずは、まさにぃがオープニングアクトで2曲。独学で学んだ奄美のシマ唄は聴くたびに進化してる。高音の綺麗さが以前より増していた。そして私とベチコちゃん。「レラマカニ」からスタートして6曲。「風の轍」でしめた。ベチコちゃんとのデュオの集大成のような演奏ができたと思う。小さいハコでやるライヴも好きだけどホールはホールの楽しみと喜びがある。そして何より観に来てくれた人たちからたった1音でも絶対逃したくない!という姿勢がひしひしと感じられて、余韻や間をいつも以上に楽しみ感じながら歌うことができた。至福の時だった。

休憩を挟んで瑞希ちゃんのシマ唄。何も言うことはない。本当に素晴らしい。結婚して奄美から鹿児島に移ったことや年齢を重ねてきたこともおそらく良い作用をして今まで以上に素晴らしかった。昨日あの唄声を聴くことができた人たちは本当に幸せだと思う。私もとても幸せだった。まさにぃがチヂン(奄美の太鼓)で参加する曲もあったり、シマ唄の説明もとても丁寧で楽しめた時間だった。その後、私とベチコちゃんが呼び込まれ、曲にまつわるエピソードをMCで話しながら映画「千年の愉楽」のエンディングテーマ「バンバイ」や「碧き海きょらさ」「今夜、シマに生まれことを誇りに思う」という中村瑞希&ハシケンの曲を3人で。そして「ワイド節」。盛り上がった!ラストは「TSUMUGI」。以前、瑞希ちゃんと一緒にやっていた頃とはまた違う「TSUMUGI」を演奏できたと思う。CDをリリースしてから約10年。この期間は全く無駄ではなかった。演奏しながら今回のようなコンサートを奄美の人たちにもいつか聴いてもらいたいなぁと強く思った。

アンコールは私のソロで「月光の道」、ベチコちゃんに入ってもらって「美しい島(くに)」。そして瑞希ちゃんにまた戻ってきてもらって3人で「青い月」。私と瑞希ちゃんが歌を交互に掛け合うスタイルで。

地元・新居浜の方以外で四国各県や関西や広島を始め各地から駆けつけてくれた人たちもいた。物販コーナーでCDを買ってくれた人たちにサインをしているとかなりの割合で「今日は本物の音楽を聴くことができて楽しかったです!」と伝えてくれる方がいてめっちゃうれしかった。

企画制作してくれたまさにぃ、実行委員の皆さん、スタッフの皆さん、ほんとうにお疲れ様でした!ありがとうございました。そしてご来場いただいた皆さん本当にありがとうございました。不定期でもいいからちゃんと続けていけたらといいなぁと心底思えるコンサートだった。無理のないところでまたぜひ!

終演後、出演者&実行委員の皆さんと。
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2019年02月10日

74キロ台。

ここ最近は体重はだいたい74キロ台。この74キロ台は自分にとってかなりベスト。本当に不思議だが73キロ台に入ると軽くていいけど声も軽くなってしまい自分の好みの声にはならない。逆に75キロ台から上になると今度は声はどっしり目になるけど体自体が重く感じ始めてくる。1キロくらいの差が声そして表現したい音楽に関わってくる。74キロ台は軽くも重くもなく声も自分で納得のいくところで出せる。あんこ食べすぎて太ってはいけない(笑)。なんでも食べすぎはよくないね、ほんとに。まずはこのベスト体重をキープ!

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2019年02月09日

桑。

私の故郷・埼玉県秩父は「秩父銘仙」という着物がある事もあり絹糸を作るため養蚕が盛んだった。小学校の頃の通学路は右も左も桑畑ばかり。桑畑がどこにでもあるというのが普通だった。母方のおばあちゃんの家は私が小さい時に蚕を飼うための倉庫のような場所があり、その真ん中にはブランコのような天井から吊ってある作業台があった。その台に蚕のエサとなる桑の葉を乗せて、その倉庫で飼っている蚕にまんべんなく桑の葉がいき届くようにしていた。その動く作業台に時々乗せてもらってはゆり動かしてもらい遊んでいた記憶がある。その倉庫の中がすごく蒸し暑かったのか、おばあちゃんちに遊びに行っていた時期が夏の暑い時だったせいなのか、思い出す時はいつも天気は綺麗な晴れで夏真っ盛りの情景だ。

1stアルバム『Hasiken』に収録した「桑」という曲は、そのアルバムを制作していた時の最新曲で作った当時タイトルはなかった。レコーディングが進みタイトルを決めなくてはいけない時がきた時、おばあちゃんちのあの桑の葉まみれの倉庫で遊んだ事を思い出した。曲の中では、暑く蒸す日が続く中で人と人が愛している姿、愛してる人の心の中で渦巻くものを描いている。「桑」という曲には歌詞に「桑」という言葉は出てこない。でも自分の中で確かにリンクするものがあった。それは無数の蚕が桑の葉を食べている時に起こる「ガサ、ガサ」という音のおかげもある。あの独特の音は、蚕の日常の営みには違いないがとても悲しく響いてくる。それは蚕が糸を作るためだけに生育され糸を出したらお役御免となってしまう事を少し大きくなって小学校の社会見学で絹糸を作る工程を見て知ったからだと思う。

秩父にいる時はよく考えたらあんなに桑畑ばかりだったのに桑の実を食べた記憶がない。逆に最近の方がよく食べてる。桑の実、口の中がめっちゃすごい色になるけど美味しい。樹によってかなり味が違う。

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2019年02月08日

ひ・さ・びさ・た・た・たび。

今日は大阪ムジカジャポニカで久々にベチコちゃんと「た・た・たび」。たたたびデュオとしては2017年11月以来か〜。2015年の8月に初めて奄美ASIVIで本格的にデュオライブやってからもう60本以上一緒にライブやってきた。だからついさっき久々に音を出しても一出しただけでツアーで何日間も連続でライブやっていたときの感覚がすぐに戻ってくる。不思議だけどごく自然にすばやく。私の感覚もベチコちゃんの感覚もここ1年くらいでまた変化してきたところもあるんだろう。サウンドチェックで出してみた音が今までとは明らかに違っていたところがあった。お互い影響しあって繰り出す音。今夜は今まで以上に予想できない。あ、開演まで1時間きった。めっちゃ楽しみ!

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2019年02月07日

ボヘミアン・ラプソディ

今大ヒット中の映画「ボヘミアン・ラプソディ」。昨年のツアー中にタイミングを合わせれば観る事はできたけど結局観れていない。昨日個人リハをやった後ご飯食べてから知り合いのお店を何軒かまわった。最近はライヴのポスターを貼ってもらうのを依頼するだけになってしまい、いつも後ろ髪を引かれる思いだった「GOOD NEWS」で久々にゆっくりできた。このお店はデカイ画面と良い音のスピーカーでMVやライヴドキュメントとかを観させてもらえる。

マスターの大野さんに「何か観たいのある?」って訊かれたので「映画ボヘミアン・ラプソディに出てくるらしいクイーンのライヴエイドのライヴ映像がもしあったらぜひ!」と伝えた。すぐにそれはセットされ画面ど真ん中の特等席でじっくり爆音で観た。映画は映画の楽しみが絶対あると思うので、そのタイミングがきたら観よう。でも本物のクイーンのライヴ映像だけですでに満腹で、フレディの1つ1つの動きや視線、ブライアンのギターをはじめバンドのうまさ、そしてオーディエンスとの一体感。胸が熱くなる。

このライヴのラストは「We Are The Champions(伝説のチャンピオン)」。私が高校の時手伝っていたバンドで文化祭に出演した時ドラムを叩いた曲。練習のために数えられないほど聴いた。いろんなことを思い出す。

改めて「ボヘミアン・ラプソディ」というタイトル(映画じゃなくて曲名ね)、色々なことを想像させてくれる。

ほんとうにやりたいことがあるならとことんやる。ということを再認識させてもらえた良い時間だった。ありがと!

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2019年02月06日

なにをそんなに。

なにをそんなに力んでるんだろうってことがライブで歌ってる最中にある。その時は一呼吸置いて歌い始める。もうすでに歌い始めているときは演奏をキープしながらだんだん力みをほぐしながら緩ませながら続けていく。あとは曲に身を任せる。

来るべきその瞬間に集中したいときは、その前に緩ませて呼吸を深くしておきたい。

愛媛でお世話になってるポンちゃん(ポン川村・松山のバー『Keep on』の店主でFM愛媛の番組『ハイサイ!沖縄 PARADISE Radio』パーソナリティ)にいつくらいからか「ハシケンは酔拳みたいだ!」と言われるようになった。お酒を飲んでるわけではないが体に力を入れずにダラダラとしてるのに、相手が攻めてくると一気にやっつけてしまう感じか(笑)。40を過ぎて力んでもしょうがないって思うようになってからだんだん酔拳みたいになったのかもしれないが、それでも知らず知らず力んでる時がたまにある。

自分が作ってきた歌そのものが力ませてる場合もある。ギターで強いリズムをキープしながら細かいフレーズを歌うときはそうなりやすい。ここ最近はそれを客観的に見れるようになった。まだまだだけど。今日は午前中から奄美の地元2紙に取材していただきあまみエフエム生出演。2/23、24の奄美ASIVI、マヤスコでの「ハシケンたんじょうび51祭」の宣伝をさせてもらった。そのあと明後日8日(金)大阪ムジカジャポニカでのベチコちゃんとの「た・た・たび」と奄美シマ唄・中村瑞希ちゃん、私、ベチコちゃん3人の10日(日)愛媛新居浜あかがねホール『つむぐうた』用の個人リハをみっちりと。歌った・弾いた!お腹減ったよーーー!


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2019年02月05日

やめていく。

「しなくちゃいけない」というように感じてしまってることはやめていく。少しずつでもいいから。

かなり自由に生きてるようで結構知らず知らずチリも積もれば的に溜まってきてしまった「義務」のように感じている事、ある。それは中々取り除くのが大変。

「〇〇をしなくちゃいけない」じゃなくて「〇〇をしたいからする」「〇〇になりたいからする」。

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2019年02月04日

さっぽろ雪まつり。

今年のさっぽろ雪まつり始まりましたね。18年前に1回だけさっぽろ雪まつりで歌ったことがある。主催者側からは「なんとかもって15分で、だんだん体がツラくなってくると思います。手や指が寒さで動かなくなるのでギターは弾かない方が良いです。なので皆さんカラオケで歌っています。」という連絡をもらった。私はカラオケで自分の歌を歌うのはいやだっだし、冬の、しかも夜の札幌の寒さを正直なめていた。

当日、控室はストーブがガンガンに炊かれめっちゃあったかかった。当時ヒートテックものはまだ売ってなかったがジーンズ下に履けるスポーツ用の「ももひき」のようなものを履き、赤いウィンドブレーカーの中も何枚も重ね着していた。そして貼るカイロを足や腰を中心に体に何枚も貼っていた。ここまでやったのだから大丈夫とすっかり信じていた。「ハシケンさーーん、出番です!」と言われ控室を出た瞬間、持っていたギターの弦が「ピーーン!」と聞いたことのない音を立てた。控室でチューニングをちゃんとやっていたのに、その音を聞いた後、改めてチューニングしたら6本の弦の音が全て半音以上高くなっていた。こんな体験は始めてだった。気をとりなおしてもう一度チューニングしてステージに向かった。そしてついさっきまであったかかったはずの体に貼っていたカイロが全て冷たくなっているのに気づいた。

氷像の建物のステージに立つと目の前に見えたビルの電光掲示板に「ー9℃」という表示が。オーノー・・・。記憶を辿ってみると「ワイド節」と「グランドライフ」、あともう1曲「凛」を歌ったような気がする。グランドライフは短いバージョンで歌った覚えがある。3曲で約15分。2曲目を歌っているあたりから少しずつ指が痛くなり本当に動かなくなってきた。これが凍傷ってやつかと思いながらもなんとか指を動かして歌いきった。この時初めて「底冷え」という言葉の本当の意味を知った。氷になっているステージからじんじん伝わる寒さは半端なかった。

もしまたオファーがあったらカラオケにしようかなぁ。いやいや。いろんな対策考えて万全にしてなんとか1曲歌う感じにしようかなぁ(笑)。

凍傷になりかけながら歌った時の写真2枚どうぞ。
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posted by ハシケン at 21:09| Comment(0) | 日々のおもひ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする