2019年02月08日

ひ・さ・びさ・た・た・たび。

今日は大阪ムジカジャポニカで久々にベチコちゃんと「た・た・たび」。たたたびデュオとしては2017年11月以来か〜。2015年の8月に初めて奄美ASIVIで本格的にデュオライブやってからもう60本以上一緒にライブやってきた。だからついさっき久々に音を出しても一出しただけでツアーで何日間も連続でライブやっていたときの感覚がすぐに戻ってくる。不思議だけどごく自然にすばやく。私の感覚もベチコちゃんの感覚もここ1年くらいでまた変化してきたところもあるんだろう。サウンドチェックで出してみた音が今までとは明らかに違っていたところがあった。お互い影響しあって繰り出す音。今夜は今まで以上に予想できない。あ、開演まで1時間きった。めっちゃ楽しみ!

violin case.JPG
posted by ハシケン at 18:56| Comment(0) | 日々のおもひ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月07日

ボヘミアン・ラプソディ

今大ヒット中の映画「ボヘミアン・ラプソディ」。昨年のツアー中にタイミングを合わせれば観る事はできたけど結局観れていない。昨日個人リハをやった後ご飯食べてから知り合いのお店を何軒かまわった。最近はライヴのポスターを貼ってもらうのを依頼するだけになってしまい、いつも後ろ髪を引かれる思いだった「GOOD NEWS」で久々にゆっくりできた。このお店はデカイ画面と良い音のスピーカーでMVやライヴドキュメントとかを観させてもらえる。

マスターの大野さんに「何か観たいのある?」って訊かれたので「映画ボヘミアン・ラプソディに出てくるらしいクイーンのライヴエイドのライヴ映像がもしあったらぜひ!」と伝えた。すぐにそれはセットされ画面ど真ん中の特等席でじっくり爆音で観た。映画は映画の楽しみが絶対あると思うので、そのタイミングがきたら観よう。でも本物のクイーンのライヴ映像だけですでに満腹で、フレディの1つ1つの動きや視線、ブライアンのギターをはじめバンドのうまさ、そしてオーディエンスとの一体感。胸が熱くなる。

このライヴのラストは「We Are The Champions(伝説のチャンピオン)」。私が高校の時手伝っていたバンドで文化祭に出演した時ドラムを叩いた曲。練習のために数えられないほど聴いた。いろんなことを思い出す。

改めて「ボヘミアン・ラプソディ」というタイトル(映画じゃなくて曲名ね)、色々なことを想像させてくれる。

ほんとうにやりたいことがあるならとことんやる。ということを再認識させてもらえた良い時間だった。ありがと!

sky wood.JPG

posted by ハシケン at 16:17| Comment(0) | 日々のおもひ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月06日

なにをそんなに。

なにをそんなに力んでるんだろうってことがライブで歌ってる最中にある。その時は一呼吸置いて歌い始める。もうすでに歌い始めているときは演奏をキープしながらだんだん力みをほぐしながら緩ませながら続けていく。あとは曲に身を任せる。

来るべきその瞬間に集中したいときは、その前に緩ませて呼吸を深くしておきたい。

愛媛でお世話になってるポンちゃん(ポン川村・松山のバー『Keep on』の店主でFM愛媛の番組『ハイサイ!沖縄 PARADISE Radio』パーソナリティ)にいつくらいからか「ハシケンは酔拳みたいだ!」と言われるようになった。お酒を飲んでるわけではないが体に力を入れずにダラダラとしてるのに、相手が攻めてくると一気にやっつけてしまう感じか(笑)。40を過ぎて力んでもしょうがないって思うようになってからだんだん酔拳みたいになったのかもしれないが、それでも知らず知らず力んでる時がたまにある。

自分が作ってきた歌そのものが力ませてる場合もある。ギターで強いリズムをキープしながら細かいフレーズを歌うときはそうなりやすい。ここ最近はそれを客観的に見れるようになった。まだまだだけど。今日は午前中から奄美の地元2紙に取材していただきあまみエフエム生出演。2/23、24の奄美ASIVI、マヤスコでの「ハシケンたんじょうび51祭」の宣伝をさせてもらった。そのあと明後日8日(金)大阪ムジカジャポニカでのベチコちゃんとの「た・た・たび」と奄美シマ唄・中村瑞希ちゃん、私、ベチコちゃん3人の10日(日)愛媛新居浜あかがねホール『つむぐうた』用の個人リハをみっちりと。歌った・弾いた!お腹減ったよーーー!


wood skin.JPG

たたたび20190208.png

Tsumuguuta.jpg
posted by ハシケン at 19:52| Comment(0) | 日々のおもひ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月05日

やめていく。

「しなくちゃいけない」というように感じてしまってることはやめていく。少しずつでもいいから。

かなり自由に生きてるようで結構知らず知らずチリも積もれば的に溜まってきてしまった「義務」のように感じている事、ある。それは中々取り除くのが大変。

「〇〇をしなくちゃいけない」じゃなくて「〇〇をしたいからする」「〇〇になりたいからする」。

Greeeeen.jpg
posted by ハシケン at 21:00| Comment(0) | 日々のおもひ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月04日

さっぽろ雪まつり。

今年のさっぽろ雪まつり始まりましたね。18年前に1回だけさっぽろ雪まつりで歌ったことがある。主催者側からは「なんとかもって15分で、だんだん体がツラくなってくると思います。手や指が寒さで動かなくなるのでギターは弾かない方が良いです。なので皆さんカラオケで歌っています。」という連絡をもらった。私はカラオケで自分の歌を歌うのはいやだっだし、冬の、しかも夜の札幌の寒さを正直なめていた。

当日、控室はストーブがガンガンに炊かれめっちゃあったかかった。当時ヒートテックものはまだ売ってなかったがジーンズ下に履けるスポーツ用の「ももひき」のようなものを履き、赤いウィンドブレーカーの中も何枚も重ね着していた。そして貼るカイロを足や腰を中心に体に何枚も貼っていた。ここまでやったのだから大丈夫とすっかり信じていた。「ハシケンさーーん、出番です!」と言われ控室を出た瞬間、持っていたギターの弦が「ピーーン!」と聞いたことのない音を立てた。控室でチューニングをちゃんとやっていたのに、その音を聞いた後、改めてチューニングしたら6本の弦の音が全て半音以上高くなっていた。こんな体験は始めてだった。気をとりなおしてもう一度チューニングしてステージに向かった。そしてついさっきまであったかかったはずの体に貼っていたカイロが全て冷たくなっているのに気づいた。

氷像の建物のステージに立つと目の前に見えたビルの電光掲示板に「ー9℃」という表示が。オーノー・・・。記憶を辿ってみると「ワイド節」と「グランドライフ」、あともう1曲「凛」を歌ったような気がする。グランドライフは短いバージョンで歌った覚えがある。3曲で約15分。2曲目を歌っているあたりから少しずつ指が痛くなり本当に動かなくなってきた。これが凍傷ってやつかと思いながらもなんとか指を動かして歌いきった。この時初めて「底冷え」という言葉の本当の意味を知った。氷になっているステージからじんじん伝わる寒さは半端なかった。

もしまたオファーがあったらカラオケにしようかなぁ。いやいや。いろんな対策考えて万全にしてなんとか1曲歌う感じにしようかなぁ(笑)。

凍傷になりかけながら歌った時の写真2枚どうぞ。
sapporo yuki matsuri2.jpg

sapporo yuki matsuri1.jpg
posted by ハシケン at 21:09| Comment(0) | 日々のおもひ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月03日

しあわせについて。

呪縛というタイトルで3日連続(1/29ブログから)で書いたことで、過去に自分が感じていた様々な感情を思い出すことができた。その上でじゃあ、しあわせって何なんだろうと思い巡らせてみている。

根詰めて仕事をやっていて気分転換に何か飲みながら空を見上げた瞬間にその空が今まで見たこともない美しさということに、しあわせを感じる。しあわせになったり、しあわせを感じるということはその影で誰かが犠牲になっている、もしくは誰かの犠牲の上に成り立ってると、実際はそうではないのに感じていないだろうか・・。そんなことも想う。知らないうちにそんな先入観や呪縛のせいで、しあわせを得るためにはストレスを抱えて苦しまないといけない、というようなねじ曲がった体育会系のようなことを思っていないだろうか・・とか。

心からほんとうに「足りない」と自分が感じているもの。それを知りながら動く。最近作り始めた歌はすでに変わり始めている。

pink cloud with sky.JPG


posted by ハシケン at 18:58| Comment(0) | 日々のおもひ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月02日

約束の地と「永遠」という言葉。

本格的に曲作りを始めた頃から「永遠」という言葉を歌詞に使うことにこだわりがあった。何度かメロディに歌詞をあてはめる過程で登場してきては毎度毎度却下してきた。曲作りをする中でメロディと歌詞が合わさる時にメロディだけが強くなっていたり歌詞だけが強くなっていたりしていないかどうか・・、メロディも歌詞も強い者同士(本当にそのメロディや言葉がその場に適していて、自分が望んでいるものかどうか、という意味で「強い」)が強いままバランス良く、良い意味で拮抗できているかどうか・・、メロディに言葉を載せた時に、永遠という言葉に自分が描きたい世界を本当に託して良いのだろうか・・。こんな風な曲を作る上での自分の「査定基準」に永遠という2文字は何回も候補に上がってきたが採用されることはなかった。「約束の地」という曲が生まれるまで。

私はほとんどの曲をメロディ先行で作ってきている。メロディ先行でありながら全体を聴いた時にあたかも歌詞から先に書いたように作りたいと若い頃から思い続けてきた。鼻歌のように浮かんできたメロディの断片をギターやピアノを弾きながらコードやそのメロディに合う音の響きを探していき曲を膨らませていくことが多い。メロディの全体が少しずつ見えてきたころ今度はメロディに合う歌詞の断片が出てくる。何度も何度もどこでも歌っていく。完成するまではずっとそのメロディが頭をぐるぐるしている。ご飯食べてても移動中でもライヴ直前であっても・・。だから誰とも話したくないオーラ(笑)を出しながら明後日の方を見つめながら少し恐いような(決して怒ってる訳ではない・・)目つきや顔をしてる時はその作業を頭の中でしていることが多い。

「永遠」という言葉を歌詞に使うのであれば、本当にその途方もない感覚や想い、時間・空間をたった2文字に託して良いと思える歌詞や曲を書けるまでは使いたくないという気持ちやそれ相当の覚悟が必要だと思っていた。それは私が聴いてきた歌謡曲やJ-POPの中に登場した永遠という単語が、あまりにも安易に使われすぎていないか、と疑問を常に感じてたせいもある。全ての「永遠」使用曲を知ってる訳ではないけど。本当に自分が描きたい世界を掘り下げた上でこの言葉をちゃんと使っているのだろうか?という疑問。自分はこの永遠という言葉を使う場合は「その時」が来るまで絶対使いたくなかった。

2002年のある時、グランドピアノがある吉祥寺のスタジオでひたすら曲作りをしていた時、今まで作ったことがない展開の曲の断片が浮かんできた。メロディとピアノで奏でるコード感、そして歌詞の断片が何回も何回もメロディを歌っていく中で広がっていった。メロディや歌詞が絡み合ってするすると浮かんでいく時は全く時間の感覚がなくなっていく。めちゃくちゃ楽しいし苦しくもがくけど出来上がっていく時のうれしさったら他にはない。ライヴで演奏するのとは違う高揚感と充実感が曲作りにはある。だからやめられない。歌詞の中に約束の地という言葉がポンと浮かんできた時にこの曲の方向性はほぼ決まった。そして永遠という言葉が頭をよぎり始めた。サビに出て来る「強く握った手のぬくもりを確かめながら永遠をつかんでいた」。やぶれてしまった自分自身の恋愛があったからこそ書けた歌詞だけど、気が遠くなるほど何回も何回も歌っても、ここには永遠という言葉しかメロディと絡み合うことができない、とはっきりしてきた。「その時」が来たんだと感じた。自分の中で初めて永遠という言葉を歌詞に使っていい、使って歌いたいと思える曲ができた。

約束の地を収録したアルバム『赤い実』のプロデューサー・てっちゃん(ヤマサキテツヤ)とストリングスアレンジとバイオリンを何本も重ねてくれた、たまきあやちゃんの2人が中心になって構築した壮大なアレンジによって、私がこの曲で描きたかった物語を色彩豊かな絵本をめくるように誘(いざな)ってくれている。そしてそのアレンジがしっかり後押ししてくれて、永遠という言葉を歌詞に使った肯定感を更に高めてくれた。

「約束の地」を作っていた時、常に頭に浮かんでいた場所は当時まだその地を踏んでいなかったイギリスからフランス側を見ることができるようなだだっ広い草原のような場所だった。イギリスではないが初めて2005年フランスを訪れた時、ツアーに参加してモン・サン=ミッシェル大聖堂を1人で訪れた。もしかしたらそこが約束の地を作っていた時に浮かんでいた情景の中の1つなのかもと期待を膨らませて向かってみたが、着いてみたら私が想っていたその場所ではなかった。また色々旅をする中で、あの時浮かんでいた約束の地に会えるかもしれない。


約束の地 作詞・曲 ハシケン

まとまった雨が街に滞っていた埃をきれいに洗い流して
すぐそこまで来ている夏の産声を呼び覚ます雷

傘を持たず飛び出してきたことを
今更悔やんでもどうにもならないびしょ濡れ 泣きっ面

体の奥まで濡れてしまえばもうどうでも良くなり
水たまりでわざと飛び跳ねて
街をすり抜けたら海沿いの道歩いてゆく

急に休みがとれて出かけようと決めた場所は
君と果たせなかった約束の地

いつか君と見上げた空は不安のカケラもない澄みわたる青空
強く握った手のぬくもりを確かめながら永遠をつかんでいた

重くたちこめた鉛色の雲は夕方近くになればなるほど
大陸からふきつける風の力で東へ東へ渡ってく
さっきまでの大雨がうそのように止んで
顔をのぞかせた夕陽が照らす

遠く遠くあの空の下で夢見てた風景が目の前に展がる
黄金色に輝いていた秋の日を君も憶えているのだろうか

いつか君と見上げた空は不安のカケラもない澄みわたる青空
強く握った手のぬくもりを確かめながら永遠をつかんでいた

いつか君と訪れることを夢見てた風景が目の前に展がる
北の空に降りつづいている星屑を君もどこかで見てるのだろうか

Mont Saint-Michel card.JPG
モン・サン=ミッシェル大聖堂で買った絵葉書。





posted by ハシケン at 23:09| Comment(0) | 曲について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月01日

補助輪。

車を運転してたら遠くの方にすごくすごくゆっくりとしかもちょっとヨレヨレな感じで道を横切ろうとしてる自転車が見えたから、速度を緩めて近づいてみると80歳すぎたくらいのおじぃ。まあまあ近づいて車を停めておじぃが道を渡りきるまでずっと待って見ていたら、そのヨレヨレ感で自分が初めて自転車に乗れた頃ってってどんな感じだったけって色々思い出した。

初めは補助輪をつけてて、そろそろ補助輪を外しても大丈夫とふんで外してみたものの(片りん走行にしてだんだんと慣れるみたいなことはしなかったなぁ・・)走りだす度に転んでひどい時はお腹をハンドルで打った。痛かった。それからどのくらいの時間をかけてちゃんと乗れるようになったかは憶えてないが、初めて補助輪もなく誰の手も借りずに走った時に風をきった気持ち良さは今もしっかり憶えてる。うれしくてひたすらまっすぐ走っていった。あの風の気持ち良さは残ってる。

ふと見るとおじぃが道を渡りきったあともまだヨレヨレで家の前にある空きスペースの中でやっと停まるところだった。時間がゆっくり流れてる場所でほんと良かった〜。おじぃに補助輪あげたくなった。

sun woods.JPG
ラベル:おじぃ 補助輪
posted by ハシケン at 20:15| Comment(0) | 日々のおもひ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする