2019年04月30日

絵が描きたくなる衝動。

頭の中では構図が出来上がっている。どんなタッチなのかどんな色が組み合わさるのか、かなりしっかりと。早くその絵を描きたいがその前にやることがたくさんあってそこまでいけないもどかしさ・・・。早くそこに行くから待っててよー。

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ラベル: 衝動
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2019年04月29日

ここ2日間。

ここ2日間くらい疲れも出てきて気持ちも体調も落ち気味だったが、今日はだいぶ持ち上がってきた。今週からまた始まる約1ヶ月に渡るツアーに向けて最終的な準備に準備。関西、北海道、四国、島根、宮崎の地元の方はもちろん全国からぜひ!今日はまずは森で深呼吸。「♪深く息を吸いこんで」(風の轍bySaigenji)

ツアー・ライヴの詳細

mori no.JPG
ラベル: ツアー 深呼吸
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2019年04月28日

私は「アシクン」?。

数年前フランスに行った時に、フランス人がiPhoneのことを「イフォン」と話していたのを色んな場面で聞いて、この人たち、かたくなだなぁと思った。フランス語の「i」の発音は「アイ」ではなく「イ」に近いので「イフォン」で良いんだけど、iPhoneは固有名詞だから「アイフォン」で良いのでは?と内心(笑)思っていた。

コンピュータ(Computer)は「Ordinateur」というちゃんとしたフランス語としての言葉が存在する。コンピュータと言わず「自動電算機」みたいなものか・・。フランス語と英語の関係を調べていくと・・「アカデミーフランセーズ」という外来語をフランス語に変換して定着していこうという公の機関がフランスに存在していることに行き着く。iPhoneを「イフォン」と言う下地にはどこか「アカデミーフランセーズ」のような機関を存在させるフランス人のフランス語への誇りやこだわりがあるのかなぁ。

私の名前のアルファベット表記は「Hasiken」(シの部分に「h」は入らず「si」。そこにこだわりがあってHashikenというアルファベットの並びは好みではないので「Hasiken」にしている)。フランス語で「h」は発音しないのと「e」は「エ」ではなく「ウ」と「オ」が合わさった様な発音になり聞いていると「ウ」の成分の方が多い感じに聞こえるからフランス人がそのまま「Hasiken」を読むと「アシクン」に近い発音になる。


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2019年04月27日

てっぺん。

2012年4月にリリースしたハシケンmeets伊藤大地『ミチル』に収録した「てっぺん」。その以前にハシケンフルバンドスタイルですでにライヴでは演奏していて、2010年11月24日東京渋谷でのライヴの模様を映像作品にして2012年11月にリリースしたDVD『ハシケン・フルバンドスタイル!!!20101124』に収録されている。

「てっぺん」は一気に書き上げた曲。その時感じていたことを1枚のキャンパスにそのままぶちまけたような歌詞だ。そして今でもその時の気持ちやモチベーションは変わらない。音楽は人が作ろうが自分で作ろうが起爆剤のように作用することがある。「てっぺん」はそういう面を持っている。ライヴの中盤から後半で歌うことが多いが、それがソロでもデュオでもハシケントリオでも、これから盛り上がっていくための「上がる」曲として組み込みたくなる。でも今度1曲目にやってみようかな(笑)それも全然あり!

一緒にやる人で印象や打ち出したいものが変わる曲だなぁとも演奏してて思う。昨年13会場一緒にツアーしたピアノマン・リクオさんとの「てっぺん」は、リクオさんのピアノが入ることで今まで見たことのない、でもどこかでずっと求めていた「てっぺん」の本来の姿を見た気がした。回を重ねるごとにその「てっぺん」具合が増していき天井知らずの「てっぺん」が生まれた。そのことがハシケントリオでの「てっぺん」にもしっかりフィードバックしてトリオの「てっぺん」も底上げした気がする。曲は生まれ、育つ。またさらなる「てっぺん」へ。

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てっぺん
作詞・曲 ハシケン

あ〜やりたいことがいっぱい
だからいつでもいっぱいいっぱい
眠る時間を削っても
今日を生きぬき楽しむんだ
じっとなんかしていられない
じっとなんかしていられない

てっぺんまでのぼりつめよう
てっぺんまでのぼりつめよう
てっぺんまでのぼりつめよう
てっぺんまでのぼりつめよう
てっぺんのてっぺんのてっぺんのてっぺんの
てっぺんのてっぺんのてっぺんのてっぺんまで

卑屈な自分が顔を出してくるのを押しのけて
何も降臨しなくたって何にもすがることもなく
もう一度起き上がる じっと寝てなんかいられない

てっぺんまでのぼりつめよう
てっぺんまでのぼりつめよう
てっぺんまでのぼりつめよう
てっぺんまでのぼりつめよう
てっぺんのてっぺんのてっぺんのてっぺんの
てっぺんのてっぺんのてっぺんのてっぺんまで

手本になる生き方なんて見つけても見つかるはずはなく
自分の生き方はひとつ 広い世界にたったひとつ
じっとなんかしていられない
じっとなんかしていられない

てっぺんまで てっぺんまで てっぺんまで てっぺんまで

てっぺんのてっぺんのてっぺんのてっぺんの
てっぺんのてっぺんのてっぺんのてっぺん

てっぺんまでのぼりつめよう
てっぺんまでのぼりつめよう
てっぺんまでのぼりつめよう
てっぺんまでのぼりつめよう

てっぺんのてっぺんのてっぺんのてっぺんの
てっぺんのてっぺんのてっぺんのてっぺんの
てっぺんのてっぺんのてっぺんのてっぺんの
てっぺんのてっぺんのてっぺんのてっぺん

あ〜やりたいことがいっぱい
だからいつでもいっぱいいっぱい
眠る時間を削っても
今日を生きぬき楽しむんだ
じっとなんかしていられない
じっとなんかしていられない

てっぺんまでのぼりつめよう
てっぺんまでのぼりつめよう
てっぺんまでのぼりつめよう
てっぺんまでのぼりつめよう

てっぺんのてっぺんのてっぺんのてっぺんの
てっぺんのてっぺんのてっぺんのてっぺんの
てっぺんのてっぺんのてっぺんのてっぺんの
てっぺんのてっぺんのてっぺんのてっぺんまで


ミチル』ハシケンmeets伊藤大地
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『ハシケン・フルバンドスタイル!!! 20101124』DVD
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2019年04月26日

森の中へとつづく道。

言葉を綴ることに集中しきれない時がある。色々書きためている走り書きのようなものをいくつも読みながら「これじゃない、それじゃない、あれじゃない」となり、結局まとまらない。そんな時は一旦置いて出かける。そこに出かけても言葉が出てくるわけではなくかえって言葉は必要じゃなくなる。そこまでいってはじめて葉っぱの上にちょこんと乗った雫のような言葉が生まれる。

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posted by ハシケン at 23:59| Comment(0) | 日々のおもひ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月25日

匂い。

どこからともなく漂ってきた匂いの中に、すぅーとどこかで玉ねぎを炒めてるような匂いが混ざっていてお腹が減り出す。煙りをともなったものでなければ匂いも目で見ることができない「無形」なもの。目に見えないものに影響されるという意味では音楽と共通している。

食べ物の匂いや誰かの匂い、部屋の匂いなど、それをだ感じると一気にその匂いとリンクしてることや思い出に飛ぶことができる。それも音楽と共通してるなぁ。耳と鼻から入ってくる情報って色々つながってる気がする。最近、森の匂いが足りないから行ってみよう。

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ラベル:
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2019年04月24日

何回も来た所。

何周りか回ってきて、ここは前にも来たことがあるなぁと思うことがある。自分がおちいりやすいパターンがよく見える。次の場所へ行きたいならその循環の中から抜け出さないといつまで経ってもその中。変化に伴うものは色々あるけど好きなことをやっていくために動いていく。

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2019年04月23日

走る人。

2000年6月リリースのアルバム『限りなくあの空に近い』に収録した「走る人」。この曲ときってもきれないお店がある。うちの姉が店長をしていた赤坂にあったメキシコ民芸品を売るお店「カフェ・イ・アルテ」(コーヒーと芸術<美術>という意味。)。20代の頃このお店でイベントがあると臨時バイトとして車の運転や棚卸しを手伝っていたりした(カフェ・イ・アルテはこちらにも登場)。

常に「カフェ・イ・アルテ」店内ではメキシコ音楽が流れていた。その中で特に私が惹かれたのは「マリアッチ」。マリアッチは音楽のジャンル名ではなく数名から数十名で、トランペット、ギター、バイオリン、低音部パートのギター・ギタロンなどで構成される「楽団」のことを意味するらしい。カフェ・イ・アルテでも販売していた憶えがある「チャロ」と呼ばれてるカッコイイ服装をマリアッチの皆さんは身につけている。マリアッチの奏でる音楽は、かなり哀愁。ラテンの哀愁は本当に大好きだ。私にとって中南米の音楽、特にメキシコ音楽は「男のしょうもなさ・情けなさ」と哀愁のないまぜ、世界一(歌詞の内容はよくわからないけど音楽そのものから「男のしょうもなさ・情けなさ」を感じてしまう)。

1987年にアメリカで制作された映画「ラ☆バンバ」を私は確かカフェ・イ・アルテに出入りするようになった後にビデオで観ている。1959年、17歳でこの世を去ったメキシコ系アメリカ人ロック歌手リッチー・ヴァレンスの伝記的映画。この映画の主題歌となった「ラ・バンバ」を始めサウンドトラックのほとんどを演奏したのがメキシコ系アメリカ人バンド「ロス・ロボス」。映画が公開された翌年1988年にリリースされたこのバンドの原点回帰とも言える「La Pistola Y El Corazón 」(ピストルと心)というアルバムがありそのアナログをほんと擦り切れるくらいまで聴き倒した。このアルバムの中で特に好きなのが「QUE NADIE SEPA MI SUFRIR」。この曲はメキシコの公用語であるスペイン語で歌われているが私は好きすぎてスペイン語のまま憶えていて何も見ずに歌うことができる。ちなみにあまみエフエムの私の番組「大使は気まぐれ、テゲテゲRADIO」のオープニングで使っている曲は「La Pistola Y El Corazón 」の2曲目に収録されている「Las Amarillas」。カフェ・イ・アルテで聴いたマリアッチとロス・ロボスのアルバムが基本となり、私なりの<猪突猛進>のラブソングの歌詞を載せたのが「走る人」。「走る」イメージは映画「フォレスト・ガンプ」も影響してる気も今書いててしてきた。

「走る人」はデビューした時のバンド「Hasiken」ですでにライヴで演奏している。アルバム『限りなく・・』でレコーディングされたバージョンのアレンジは、バンド「Hasiken」でのアレンジ、マリアッチ、ロス・ロボスそして80年代から日本でも紹介されてブームとなった「ブルガリアン・ヴォイス」を芸術に高めた「フィリップ・クーテフ国立民族音楽・舞踏アンサンブル」の目まぐるしく変化していく器楽アレンジもミックスされていると思う。「フィリップ・クーテフ・・・」のアナログも擦り切れるまで聴いたなぁ。

実際のレコーディングで特に印象的だったのはハシケンフルバンドスタイルでもドラムを叩いてもらった宮田繁男さん。『限りなくあの空に近い』の中で宮田さんには4曲ドラムを叩いてもらっている。レコーディング前に行われた吉祥寺のリハスタで私は初めて宮田さんと会い、早速レコーディングに参加してもらう予定の4曲のリハが始まった。「走る人」は構成がかなり複雑でテーマのコーラス「ラーララーララララララーララーラ」のところは3・3・2・3・3という感じで拍子が変化していく。基本3拍子だが途中4拍子もまぎれる。宮田さんは複雑な構成の楽譜を一度さらっと見ただけで演奏を始め、2回目には実際に収録された形で完璧に演奏した。自分で作っておいて勝手だが正直この曲のドラムを叩くには、かなり時間が必要だと思っていた。でも宮田さんは私の予想をはるかに超える形でスムーズにそしてリズムが全く滞ることなく叩いた(今までの経験で、変拍子がからんでくるリズムは下手をするとリズムが「回らなく」なり「途切れ途切れ」のようになってしまう場合があった)。それは宮田さんが高い技術を持っていた上で「歌」をとっても大切にするドラマーだったからだと思う。

歌詞の後半「38度線」という言葉が出てくる。この言葉のことでレコーディングが始まってからCDの発売元リスペクレコード高橋社長が「もしかしたらこの38度線ってところ、問題にならないかなぁ?」と心配を始めた。この言葉が意味するのは朝鮮半島にある軍事境界線のことだが「境界線を突破するほど相手のことが大好きな人の勢いを象徴的に描いてる場面であって政治的な意味はないです」と私は社長に伝えた。その話はそれ以来出ず元の歌詞のまま収録されリリースされた。

「走る人」は最近だとソロやバイオリンのベチコちゃんとのデュオで演奏する機会が多いけど、『限りなく・・』に収録したバージョンを基本にオーケストラのような大所帯でいつか演奏してみたい。

アーティスト名や音楽の専門的なことをたくさん文中に散りばめましたが、気になったことはぜひ調べてくださいね〜。

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走る人
作詞・曲 ハシケン

理由(わけ)なんてなくて 意味なんてなくて風より早く
駆けていたくて もう止まらなくていい

転びそうになる 君が好きだから海より深く
追い越す景色が背中の彼方に消える

ぐんぐん走る 糸が切れた凧
ぐんぐん走る キレたまま 
ぐーんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐん

帰らなくていい戻らなくていい 見つめていたい
その先の先 ゆるみぱなしの口元

ぐんぐん走る 糸が切れた凧
ぐんぐん走る キレたまま 
ぐーんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐん

ぐんぐん走る 糸が切れた凧
ぐんぐん走る キレたまま 
ぐーんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐん

理由(わけ)なんてなくて 意味なんてなくて風より早く
駆けていたくて もう止まらなくていい

ぐんぐん走る 糸が切れた凧
ぐんぐん走る キレたまま 
ぐーんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐん
ぐんぐん走る 38度線さえ
ぐんぐん走る 軽く超え 
ぐーんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐん
ぐんぐん走る 糸が切れた凧
ぐんぐん走る キレたまま 
ぐーんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐん
ぐんぐんぐんぐんぐんぐん


iTunes

「走る人」収録『限りなくあの空に近い』(2000年リリース)
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posted by ハシケン at 13:20| Comment(0) | 曲について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月22日

という理由で。

パソコンを使い続けていると、確実に後で必要なデータと後で使うかわからないけどとりあえずとっておこうという「グレーゾーン」のものも一緒にポイっと外付けハードディスクに保存していることが多い。よく持ち歩いてる外付けハードディスクも容量が大きめのものを買ってみたもののいつの間にか空き容量が少なくなってくる。そこでデータを整理しようと思うけど・・。引っ越し前の片付け中に、思い出がある物とか写真とかが目に入り手が動かなくなったり、ずっと見つけていたのに見つからなかったCDがふと現れて懐かしくなり聴き始めて何時間も聴いてしまったり。それと似たようなことが外付けハードディスク整理でも起こりそうでこわい、という理由でなかなか始まらない。

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posted by ハシケン at 11:39| Comment(0) | 日々のおもひ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月21日

人間面白い。

人は簡単で単純じゃない。遺伝子レベルの話で言えばとんでもない昔からいろんな人たちが混じり合って出来上がってるからあたりまえと言えばあたりまえか。だからこそシンプルでわかりやすくて「これを信じていれば大丈夫」というものに惹かれる時やそこにすがりたいという気持ちも出てくるんだろうか。アメリカで黒人の人たちを差別してきた白人至上主義の人の遺伝子の中にアフリカ起源の黒人の人たちが持つDNAが含まれていたことがテレビ番組で放送され反響をよんだことが数年前にあったらしい。体に内包されているものは見た目で判断できない。

いつも楽しい感じで過ごしている人が生まれてきてからずっと楽しく楽天的に生きてきたとは限らない。そう人もいるのかもだけど。ステージに立って観客を盛り上げてる人が普段全然そんな感じではなかったりする。普段からそういう人も知ってるけど(笑)。どちらの可能性もあるし、その人の全てを知ることはできないので簡単に判断して「この人はこんな人」と決めつけることなどまずできない。私はいつの頃からか人と初めて会うときに、その人の見た目からイメージできることとはまずは逆のことがその人の中にきっとあるんだろうなぁと考えるようになった。人はいろんな面を持っている。威圧的にゴリ押ししてくる人って実は弱っちいんだろうなぁとか。誰に対してもやさしく接することができる人は、すごくきびしい面も持っているんだろうなぁとか。でもそれもそんな「イチかゼロ」ではなくて、人は無数の面で形成されてると思う。自分でも自分のことがわからないところがあって、ふとした時に「こんなところ自分にもあったんだ!」って気づくときがいまだにある。人間面白い。

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ラベル:人間面白い。
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2019年04月20日

限りなくあの空に近い。

2000年6月リリースのアルバム『限りなくあの空に近い』のタイトル曲「限りなくあの空に近い」。この曲はあるテレビ番組への出演がきっかけで生まれた。

1996年5月に合計5回毎週放送されたNHK『熱中ホビー百科』にバンド「Hasiken」として出演した。サブタイトルに「地上最強バンド講座」とあり2つの現役高校生バンドと音楽を作ったりライヴをやってみたり。番組の司会は吉本のお笑いコンビ「ペナルティ」。ペナルティのワッキーはギターを弾き語りできたので一緒にギターを弾いて遊んだりもした。ワッキーなかなか上手で楽しかったなぁ。

その番組への出演を希望する高校生バンドからの応募が確か10組ほどあって番組の収録が始まる前にその中から2組にしぼる必要があったためオーディションのようなものがあり私もそこに立ち会った。各バンドが出演希望のために書いた用紙に色々好きなバンドやテレビ番組、夢なども書いてあった。私はその当時28歳になったばかりで彼らと10歳から12歳離れていることもありそこに書かれてたことや集まった高校生がとてもまぶしくて新鮮だった憶えがある。選ばれたのは女の子だけで構成された「Sweets」とボーカルやすきくんを中心とした「YASKI」。

1週目はリズムについての講座だった。「あんたがたどこさ」をボールをつきながら歌い、ボールが地面についてる時とボールが手に触れてる時でリズムの表裏を感じるという趣旨。3週目に作曲に挑戦する回があって、2組に同じ歌詞を使ってそれぞれ別の曲を作ることにトライしてもらうことになり、私がそのための元の歌詞を書くことになった。その時書いた歌詞が「限りなくあの空に近い」。歌詞を2組に渡し、私は私でこの歌詞に曲をつけていった。番組内で2組にできたてのそれぞれの「限りなくあの空に近い」を演奏もしてもらった。その後私が曲をつけて後にリリースすることになる形の「限りなくあの空に近い」も演奏した。なので「限りなくあの空に近い」という曲は同じ歌詞で3つの曲が存在している。

番組が終わってから「Sweets」のメンバーとは会うことはだんだんなくなったが、やすきくん達はつきあいが続いて私のライヴのオープニングアクトをやってもらったりライヴの手伝いをしてもらったりたくさんお世話になった。一時期全く連絡を取れていない時期もあったけど東日本大震災の後、やすきくんと奥さんの万里子ちゃん、そして「YASKI」のメンバーで番組にも出演してるちえちゃんが熊本の山都(やまと)に移住し有機農業を1から始め音楽も続けているのを知り連絡を取り合った。2015年11月バイオリン江藤さんと私のデビュー20周年ツアーの一環でやすきくんたちの知り合いのお店「Organic cafe そらのもり」を訪れ「YASKI BAND」と久々に共演をさせてもらった。最近会えてないから次回熊本に行くときはまた会いたいなぁ。

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限りなくあの空に近い
作詞・曲 ハシケン

ここから見渡せるパノラマより
もっと遠くにあるものに一緒に触れてみたい

目と目が合うたびに 今までより
もっと上手にこの気持ち 伝えたいと思う

あらゆる地上の夢がどんどん小さくなってゆく
あらゆる地上の夢がどんどん小さくなってゆく

限りなくあの空に近い一番高いとこから
突然風になっても手を握りしめてるから
こわくない

ここから見渡せるパノラマより
もっと遠くにあるものに一緒に触れてみたい

あらゆる地上の夢がどんどん小さくなってゆく
あらゆる地上の夢がどんどん小さくなってゆく

限りなくあの空に近い一番高いとこから
突然風になっても手を握りしめてるから
こわくない

iTunes

限りなくあの空に近い』(2000年6月リリース)
kagirinaku.png

うた』(2016年10月リリース)沖縄で新録音された「限りなくあの空に近い」収録。
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posted by ハシケン at 14:36| Comment(0) | 曲について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月19日

自問すること。

実際に習ったことがある沖縄民謡。色々な知り合いの唄者もいて身近で聴く機会も多い奄美のシマ唄。昨年から沖縄民謡や奄美のシマ唄に対して自分がやれることは何なのだろうか、三線(三味線)を弾きただ民謡・シマ唄をそのまま唄うのではなく「今、生きてる唄」として表現していくこととはどういうことなんだろうか。と自問することが多くなった。自作の曲でいえば沖縄の三線を使い弾き語りをした上で沖縄民謡ではほとんど使うことがなく奄美のシマ唄で多用される裏声を使っている「月光の道」がその答えの1つになっている気はする(この曲に関してはこちらも)。

沖縄でも奄美でも古くから唄われてる唄に使われている言葉を実生活で話す人たちは今少なくなった。ある一定の年齢より上の世代か、その世代の人たちが同じ家の中にいていつも聞いて育った世代。形式や唱法は伝統的なものをベースにして、今普段使っていて理解ができる標準語の歌詞を新たに作って載せていく試みを少しずつやっていきたい。

時間はかかるかもしれないが自問に対する答えとして表現していこうと思う。

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posted by ハシケン at 23:33| Comment(0) | 日々のおもひ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月18日

ちょっとずつ、また英語。

今年もまた6月後半からイギリスに行ってライヴをやれそうなので、毎日またちょっとずつ英語の勉強を。昨年2度ドイツとイギリスに行ったこともあり英語で意思表示や会話をすることに対しては以前よりあまり苦に思わなくなった。伝えたくても知らない言葉は日本語で声に出してしまうことも多い。「えー!そんなこと言われてもわかんないよ」とか(笑)。もちろん全てではないが今までの経験上しっかりと感情が乗る母国語の方が言葉を知らなくても相手に感覚で伝わることが多い。身振り手振りも加えて。ただ細かいニュアンスのことを伝えたい場面では難しい・・。昔、本で読んだトモフスキー(大木知之)さんの言葉にうる覚えだがこんな風なのがあった「ほんとうの国際人は優秀な通訳をつける」。これは一理ある。

私は日本語で歌詞を作って日本語で歌っていて、そのスタイルは海外でも変わらない。海外でライヴをやるときにMCで簡単な曲の説明を英語ですることによって曲をより「身近」なものとして受けとってもらえたらいいなぁと思っている。ただ昨年実際にドイツやイギリスでライヴをやってみて、もう少し英語で説明できたらいいのになぁという場面があったので、自分の曲について英語である程度説明できるようにはしたい。

あと、もしせっかく近くにバイリンガルの人がいるのであれば、全部通訳してもらって日本語で通そうかなぁとも思ってる(笑)。前はなんでも自分でやらなきゃって考えがちだったけど、得意な人がそばにいるなら任せた方が良いなぁと思えるようになった。

まぁこつこつね。こつこつと。

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posted by ハシケン at 22:45| Comment(0) | 日々のおもひ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月17日

父と息子。

なかなかタイミングが合わずに観ていないままだった映画「ボヘミアン・ラプソディ」と「万引き家族」をやっと観ることができた。どちらの映画にも父と息子の関係性、2人のやりとりが描かれているシーンが出てくる(「万引き家族」は本当の父と息子ではない設定)。どちらの映画の中でも、父と息子の関係性がわかるシーンやそのやりとりが描かれたシーンにこみ上げるものがあり涙があふれた。

私は父親と仲が良かった。私が小さかった頃父親は実家の和菓子製造や配達のいそがしい仕事の合間をぬって(1年の中でお店の休みは1月4日と8月16日の2日間のみ。なぜこの2日だけ休みなのかはまた別の機会に)できるだけキャッチボールをしてくれたり車で出かけてくれた。何事に対してもとても協力的な人だった。日曜日になるとなぜか焼きそばをよく作ってくれた。和菓子屋に生まれた私の小学生の頃の夢は、パリに行ってケーキ職人今でいうパティシエになることだったが14歳の時にビートルズを聴いて衝撃を受けて以来ミュージシャンになることに変わった(このあたりのことはこちらにも)。でも頭の片隅にずっと「実家を継いだ方が良いのでは・・」ということがありつづけ(私が継げば3代目になるはずだった)、地元の秩父農工高等学校(現・埼玉県立秩父農工科学高等学校)の「食品化学科」に入学(ここでパンを焼いたりジャムを作ったり学校に泊まり込みで味噌を仕込んだり・・色々と食品製造を勉強している)。卒業後、同じ埼玉県の入間市に在る和洋菓子店に就職が決まり週6日秩父から通うことになった。初出勤の前日1986年3月23日日曜日秩父は雪が少し降り積もった。雪がやんできていた一面真っ白な屋外で私は父親と何分間か話した。その中で明日からの仕事に行くことにあまり前向きではないニュアンスのことを言った憶えがある。その時父親は少し苦い顔をしながら「まあ・・・行ってみなよ」とやさしく私に伝えた。

私と同期で入った新潟出身の子は会社の寮に入っていたが、私は暇があれば音楽を爆音で思いっきり聴いたりギターを弾いて歌いたいと思っていたので寮に入らず往復約2時間電車に乗って通うことに決めた。でも実際には朝始発で出かけ丸一日働いて終電で帰ってきて実家に戻ったらお風呂にほぼ眠りながら浸かり眠って朝起きたらまた出かけるという毎日。しかも唯一の休日だった月曜日は疲れが出て動けないから結果寝る・・。そんな毎日では最初思い描いていた「暇があれば爆音で音楽を思いっきり聴いたりギターを弾いて歌いたい」などできる時間は全くなく精神的に不安定になっていった。途中からだんだん仕事に行くのがいやになり胃がキリキリ痛むようになり仕事を休み病院に行ったがただ胃痛を抑える飲み薬をもらうだけだった。父親が配達に出かけ母親と2人になった時「もう仕事行きたくないんだよね」と伝えたら「とりあえず1年はなんとか行ってみたらどう?そのあと家で仕事したらいいんじゃないの」という感じで言われた。

私の直近の上司の奥さんが秩父出身だったこともありその上司は私のことをとても可愛がってくれ仕事も積極的に優しく教えてくれた。入社して2ヶ月を過ぎたあたりから、和菓子屋の息子とはいえ実家では焼いたこともないカステラの仕込みから焼きまでトライさせてもらえるようになった。1人きりで最初から最後まで売り物にするカステラを作るのは初心者にはかなり難易度が高い。それでも真剣にじっくり教えてもらえたおかげで何回も失敗しながらも1人でカステラを焼けるところまでいけた。でも私が本心からやりたいことではなかったし生きたい生き方ではなかった。上司は私にできるだけ色々な仕事を覚えてもらって私に仕事を引き継いだ上で、故郷(確か東北)のご実家の和菓子屋に早く戻り継ぎたいという気持ちがあったからこそ真剣に私に手取り足取り色々教えてくれていることも知っていた。

上司の気持ちに応えたいという気持ちがなかった訳ではない。でも結果我慢することや耐えることができず入社してから3ヶ月が過ぎて仕事に完全に行かなくなり家を出て上京し、すでに東京に住んでいた姉の助けを受け東京でバイトをしながら音楽活動を始めた。父親は私に和菓子屋を継いでもらいたい、という気持ちが強くあったことを私は知っていたし、父親は私が家を出た時から相当気持ちが落ちてしまったことを後々母親から聞いた。でも実家に時々帰り実際に会うとそんなことは一切顔や言葉に出さず私を迎えてくれずっと応援してくれた。家を出てから9年が経ち27歳で「グランドライフ-7L3EPT-」(この曲についてはこちらも)でデビューが決まりリリースされるとすぐに父親はUSEN(有線)を契約して和菓子屋の店内で音楽を流せるようにスピーカーも設置して、USENの秩父営業所に電話をして、よくリクエストもしてくれていた。

私が家を出た時父親は本当はどんな想いを抱いていたのかとか、ゆっくり2人きりで色々「あの時ほんとはね・・」みたいに話したり、和菓子屋を継がず家を出てからもずっと応援をしてくれてることに対してお礼をしっかり伝えたかったがその機会は作れないまま2009年9月1日父親は倒れた。その前日8月31日私は北海道常呂町でバイオリン江藤有希さんとライヴをやっていて9月1日はオフでまだ常呂町に滞在していたが父親が倒れたという連絡で急きょ女満別空港から飛行機に乗って羽田に向かいそのまま搬送先の病院に向かった。すでに父親の意識はなく呼吸器や色々な医療精密機器につながれていた。久しぶりに握った手は野球のグローブの様に相変わらず大きく温かった。そのまま意識は戻ることなく亡くなった。

2012年にリリースしたハシケンmeets伊藤大地の2nd『ファンタジー』に「父親」という曲を収録してソロライヴでもよく歌っている。自分のちょっとした時の声やくしゃみをした時の感じとか、年齢を重ねるごとに父親にそっくりになってきてるなぁと最近特に思う。

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父親
作詞・曲 ハシケン

ずっとずっと嫌ってたはずなのに
顔も声も猫背のところも

年を重ねてゆくほど
父親に似てきている

やっと今あなたのこと
少しわかる
もう少し話したかったね

どうしても
切り出せなかったことばかり
いつからか
本音を避けていたね

ほんとはどんなこと
思ってたの?
隠れて泣いた日も
あったの?

夕焼けに染まりながら
手を繋いで
歩いた日を
思い出す

年を重ねてゆくほど
父親に似てきてゆく

やっと今あなたのこと
少しわかる
もう少し遊びたかったね


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2019年04月16日

6月のムジカカルナバル!in奄美。

6/7、8、9の金土日の3日間、奄美の中で会場を変えて行う「ムジカカルナバル!in奄美」。

6/7と8に我那覇美奈ちゃんも出ることが決まり参加アーティスト全員揃った。初日は私も初めてライヴさせてもらう奄美南部・瀬戸内町嘉鉄(かてつ)にあるリゾネッチャヴィラin嘉鉄。そしておなじみマヤスコ、ASIVIと続く。出演者もめっちゃ多彩。来月大阪でも久々に対バンするSaigenji(サイゲンジ)、愛知県出身でニューヨークで活動してたこともあり今は奄美在住ボーカリスト・ミヤタトモコさん、沖縄民謡の私の「妹弟子」にあたる又吉佑衣ちゃんfrom沖縄、奈良はぶナイトでよく一緒の奄美シマ唄・里朋樹、ともきのシマ唄、最近またぐんと良くなってるんじゃない!?いえい、楽しみ。そして6/9のオープニングを飾ってくれるのはシマ唄漫談ユニット「サーモン&ガーリックwithアニョ」、6/9のみDJで参加してくれるTSUKASA SOMEKAWA。最初このイベントを考えた時こんなにも多彩で豪華なアーティストが参加してもらえるなんて思ってなくて、かなり気持ちが高ぶってます!島内の皆さんはもちろん、全国からいらしてくださいねー!

ライヴの詳細はこちら!
それぞれの日の出演者が変わるのでチェックしてくださいね。6/7、8は「フェス形式」9は私とサイゲンジのお互いのソロ2マンにトモコさん、佑衣ちゃんにゲストで入ってもらう予定。

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2019年04月15日

人との出会い。

人との出会いはほんと奇跡の連続なんだなぁと最近特に感じる。元はと言えば誰かが紹介してくれたおかげで出会えて、またその誰かが紹介してくれたり繋げてくれたりして出会えたり。ほんとちょっとしたズレで、すごく近くにいても出会えなかったりもあるんだろうなぁ・・。あの時あそこにいたんだ!って後で出会えた時にお互い思えたらいいけど、そう思うこともなく会えないままの人もたくさんいるんだろう。会えるも会えないも運といえば運かもしれないが出会えてよかった、出会えて幸せだと思えることはほんとうに素敵だ。素晴らしい。出会えたことに心から感謝。すで出会えてる皆さん、これかもよろしくお願いします!まだ出会えてないけど近いうちに会えそうな皆さん、会える日を楽しみにしてますー!

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ラベル:感謝
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2019年04月14日

仕込み本格的にスタート。

5月25日からの3日間、愛媛3会場での『つむぐうた大盛況御礼参りツアー』のサブタイトルが「今回は三線多めで行きますよ」。いつものライヴより三線の弾き語りを多めにやろうと考えていて沖縄民謡その他三線を使う曲を増やそうと思っている。愛媛でのライヴまでまだ1ヶ月以上あるけどほんとうの意味で体に染み込ませるには時間が足りないくらい。さて今日から仕込み本格的にスタート。お楽しみにー!

『つむぐうた大盛況御礼参りツアー〜今回は三線多めで行きますよ〜』
5/25(土)愛媛県西予おめぐり庵5/26(日)愛媛県松山KeepOn5/27(月)愛媛県新居浜キッサコ


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2019年04月13日

ズルい楽器。

今まで実際にその音を生で聴いたことがあって、プラスできたら共演経験がある楽器の中で私が「ズルい楽器」と呼んでる楽器がある。私が「ズルい楽器」として決めるために1つ大きな条件がある。それは「1音出しただけで、その楽器特有の世界へ引きずり込むことができる」。

昨年まで「ズルい楽器」は3つだった。まず1つ目は私のCDやライヴで数多く共演歴がある高田漣くんが得意とする楽器の1つ『ペダルスティールギター』。漣くんの他にアルバム『感謝』と『限りなくあの空に近い』に尾崎孝さんにもペダルスティールで参加していただいている。ペダルスティールの「ズルい」とこは何と言っても見た目に何をどうしてるかよくわからないのに(笑)独特の浮遊感や哀愁を漂わせその世界に引きずりこむことができるところ。私の曲の中で代表的なのは「凛-りん」(『感謝』収録・尾崎孝さん演奏)、「今日もよろしくね」(『Hug』収録・高田漣くん演奏)、「下北沢」(『Hug』収録・高田漣くん演奏)。

2つ目は『バンドネオン』。アルゼンチンタンゴの象徴的な楽器。この楽器もほんと「ズルい」(笑)。生では何回も聴いているが共演経験は残念ながら、ない。チャンスがあればライヴで共演もしたいしレコーディングにも参加してもらいたい。まずはバンドネオンが活かせる曲を書きたいなぁ。20代の頃コンサートで観た京谷弘司さんのバンドネオンは衝撃だった。「ハシケン×江藤有希」の江藤さんとよく共演してる早川純くんのバンドネオンも素敵だ。バンドネオンと言えば絶対外せない「アストル・ピアソラ」。20年前にピアソラの「リベルタンゴ」を漣くんと一緒に演奏したことがある。1つ目と何気につながってた!映画『ピアソラ 永遠のリベルタンゴ』は観たいと思ってたけどタイミング合わずまだ観れていない・・。バンドネオンの音色は人間の声以上に人間の心の奥底に眠っていたり沈殿している感情をあぶり出すような気がしてる。そして哀愁。ピアソラの音は特別「ズルい」。

3つ目は『チェロ』。カエターノ・ヴェローゾを始め様々なアーティストとの共演で知られる「ジャック・モレレンバウム」のチェロは「ズルい」。特にカエターノとの共演ライヴは大好きだ。チェロは音域が思ったより広く、その音域はちょうど男性の声と見事にかぶっている。だからデュオとかで演奏する時は音域の近さから音があたってしまう危険性があるなぁとよく思う。でも音域が近いことで歌に寄り添ってもらうことやベースの音域までカバーできることもあり弾き語りとチェロのデュオの発展性や追求していく点がかなりあるなぁと感じている。ライヴ共演やレコーディングに参加してもらってるのは、橋本歩さんと薄井信介くん。歩さんが初めて私のCDに参加したのは『青い月』収録の「空へ」。サビの中でどうしても弾いてもらいたいフレーズが1つあってそれを指定させてもらったがそれ意外は歩さんがその時作り上げてくれたもので曲を構築した。歩さんとはデュオライヴ、そしてハシケンフルバンドスタイルでもチェロを弾いてもらったりライヴバージョンの「赤い実」のストリングスアレンジも担当してもらってる。薄井くんは2009年「中村瑞希&ハシケン」のCD『TSUMUGI』のレコーディングで初めてチェロを弾いてもらった以来、私が音楽を担当した映画「朱花(はねづ)の月」(河瀬直美監督作品2011年公開カンヌ国際映画祭公式ノミネート)でテーマ曲、そして映像を観ながらのアドリヴ演奏まで素晴らしい演奏で参加してもらった。ハシケンmeets伊藤大地『ファンタジー』の「この世界で」「バトン」にも。バイオリン、ビオラ、コントラバスなどのクラシックに使われる弦楽器では感じない「お腹の中心(ある人が言っていたが「子宮に響く音」らしい)」への振動を私には感じる。そしてやはり哀愁。私が「ズルい楽器」と感じる楽器には必ず「哀愁」を感じている。バイオリンにも哀愁を感じるが、チェロの哀愁はより深く、人生の「澱(おり)」のようなものも含んでる気がする。実はチェロを独学で少し弾いていた時期がある。だからチェロと弓がそこにあれば一応音を鳴らすことはできるけど自由に弾くことはできない。あの楽器を自分の弾きたいように弾ける人のことを「ズルい」とも思ってる(笑)。

このブログの冒頭、昨年まで「ズルい楽器」は3つだった。と書いた。昨年「ズルい楽器」が新たに1つ増えた。アラブの琴『カヌーン』。昨年広島オーティス!のオーナー佐伯さんから紹介していただきドイツのベルリンで2回共演したベルリン在住の増田真吾さんが奏でるカヌーン、1音弾いてもらっただけでその音に魅了された。「これはズ、ズルい・・」とすぐに思い「ズルい楽器」認定!ベルリンでは「美しい島(くに)」「バトン」などで参加してもらった。来月、真吾さんが日本に帰ってくるタイミングと私がツアーをするタイミングがうまく合い、しかも四国で会えそうだったので高松ラフハウスで国内初の共演をさせてもらうことになった。私の曲にもちろん参加してもらう予定だけど真吾さんのソロ演奏もとても素晴らしいので楽しんでもらいます。ぜひ観ていただきたい。真吾さんのカヌーン、ほんと良いですよー!

『ハシケン&増田真吾LIVE!』at高松ラフハウス
歌にやられるボーカリスト・ハシケンと、現在ベルリン在住のカヌーン(アラブの琴)奏者・増田真吾が昨年の2度のベルリンで共演を経て今回高松だけのスペシャルライヴが決定!ハシケンと歌とカヌーンの美しい音色が合わさり極上の世界が広がります。
詳しくは→ http://www.hasiken.com/live/190521live

色々なアーテイスト名を書いてみたけど、気になる人がいたらぜひ自分で検索やチェックしてみてくださいねー。


真吾さんの「カヌーン」。見た目も音色も素晴らしく「ズルい」。
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真吾さんの演奏を観ることができる映像。
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2019年04月12日

気持ち。

遠く離れていても気持ちがしっかりと届いてあったかくなる。

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ラベル:気持ち
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2019年04月11日

グランドライフ-7L3EPT-。

記念すべきデビュー曲となった「グランドライフ」。この曲の元々のタイトルは「7L3EPT」(セブン・エル・スリー・イー・ピー・ティー)。父親のアマチュア無線の「コールナンバー」が由来だ。

「グランドライフ」のサビのメロディが出来上がった場所は実家。1994年のある日、その日実家に帰っていて夜作業が終わって誰もいない業務用蒸し器やあんこを炊く大釜がある部屋でギターを弾き続けていたらサビのメロディが出てきた。この時すぐに思ったことは「ポップすぎるなぁ」だった。今から考えるとポップすぎるとは思わないけど当時はそう強く思い自分には合わないのでは、と考えた。ただそのあと何回もそのメロディを繰り返して歌っているうちに自分にフィットしていく感覚があって少しずつ歌詞の断片も生まれていった。「三途の川を渡るときに走馬灯のように浮かび上がる思い出やイメージを大好きな人と一緒に見て、最後見送られていく」という曲を書き上げた時にタイトルをどうしようかと悩んだ。1つの言葉に集約するのが難しく、自分で作った曲をどう呼んだらいいかわからないまま時間が過ぎた。ある時父親が知り合いの人たちとやっていたアマチュア無線で使ってるコールナンバーの響きがとても気になった。父親のアマチュア無線のIDナンバーのようなものがたまたま「7L3EPT」だった。これを声に出してみるとなんとも言えない良い響きだった。どこにも属さない感じもして気にいって曲のタイトルにした。

95年4月から出演したTVバンドオーディション番組「えびす温泉」は1週目挑戦者として「乳飲みほせ」を演奏した(この番組についてはまた別の機会に)。「乳飲みほせ」と相手のチャンピオンバンドの曲で審査員が「3対3」に割れ同点となった。そこで急きょ番組の司会者だった鈴木慶一さんが1票持つことになり「来週もハシケンを観たい」と言っていただきチャンピオンになれた。そして2週目「7L3EPT」を演奏した。その時の審査員の皆さんの反応がすごく良かった。音楽のキャリアを積んできた人や音楽の仕事に深く携わっている人に初めて自作の曲を評価されたことで今までにはない身震いをしたことを今でもはっきり思い出せる。

歌詞の最初に出てくる「空の穴」は、偶然日本通運の美術品を梱包して輸送するバイトで出かけた上野の東京都美術館の外に展示してあった現代彫刻「マイ・スカイ・ホール」(井上武吉さん・作)を見た時に強い衝撃を受け、そのまま感じたことを歌詞にしている。「マイ・スカイ・ホール」は各地にあり広島でよくライヴをやらせてもらっているオーティス!から歩いていける場所にもある。(広島のマイ・スカイ・ホールについて書かれたもの

2ブロック目のAメロに出てくる「モラ」は、中米に位置するグアテマラの織物。人や動物、鳥などがモチーフになっていて鮮やかないくつもの色の布を重ねて柄に合わせて布をくりぬいてその周囲を細かくまつってあるもの。姉が店長を務めていたメキシコ民芸品屋さん「カフェ・イ・アルテ」で時々バイトをやらせてもらう機会があり「モラ」を初めて見た。「カフェ・イ・アルテ」については「走る人」という曲に関しても深く関わっているのでまた別の機会に。

「グランドライフ」は、CDに収録されたものが3バージョンある。95年12月リリースのシングル、96年1月リリースのデビューアルバム『Hasiken』は同じバージョン、98年10月リリース『感謝』のバージョン。沖縄で一発録音された私の弾き語りに尾崎孝さんにラップスティールが重ねていただいた。そして2016年リリースのベスト盤『うた』のバージョン。このバージョンは全くのソロ。バンドの「Hasiken」として収録したバージョンはその中でも一番時間が短い。短いと言っても6分以上ある。『感謝』や『うた』のバージョンは9分以上。作った時からすでに9分以上の長さがあったが、最初のバージョンが短くなった理由はレコード会社ビクターの意向だ。デビューシングルが9分以上はさすがに長すぎるからできるだけ短くしてほしいとのことだった。あと「7L3EPT」では意味がわからないので普通の人でもわかりやすいタイトルを考えてほしいと言われた。おそらく今なら「7L3EPT」の方が変で面白いからこれで行こうという話になると思う(笑)。曲の骨格をできるだけ失わないように短くして(結果さっきの「モラ」が出てくる場所はカットになり間奏や繰り返される部分が少しずつカットされてる)。タイトルは考えてほしいと言われてから数日後ふと浮かんだ「グランドライフ」がそのまま正式なタイトルになり「7L3EPT」は副題として残った。

逆に最初のバージョンにはあるのに『感謝』や『うた』のバージョンにはない部分がある。「気づいた時には山の上に・・」から始まるブロックの中で歌われるコーラス部分だ。バンド「 Hasiken」のメンバーだった姉と上村美保子さん(現・ももなし)が担当している。映画のような手法(同じ情景を映しているのにカメラの視点を変えることで違う意味を観てる人に提示するような方法)を音楽でやってみたくて私が歌うメインとは違う歌詞を2人に歌ってもらっている。下に改めて書いた歌詞の中ではカッコの中に書かれてる。

歌詞のラストに出てくる「見送る人たちが小さくなっていく 手を振る 手を振る」は、初めて沖縄に一人旅に出かけた時東京の有明埠頭からフェリーに乗った時出航して岸を離れ夕暮れに染まっていく有明埠頭から手を振る人たちが小さくなっていった情景がモチーフだ。その旅をする以前と後では人生を大きく変えたターニングポイントになりこの歌を作り歌うことで新しい人生を歩き始めた。

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グランドライフ -7L3EPT-
作詞・曲 ハシケン

空の穴が産みおとしたひねくれた像を映す
鏡張りの球はとてつもなくでかい
見えるはずもない裏側の世界や
移ろう雲の流れ 君の心さえも取りこんでしまう

月にそそぐ赤い河は
錆びた鉄の匂う白い木綿
女達は染めて縫いあわせた
モラが今飛び立つ
逆上がりのできない子供達を見下ろして

よりそって燃える火を見ながら
朝が来るのを待ってる
長くキスした
風に乗りどこまで飛ぼうか
ずっとずっとずっと
美しくあふれる海を見ては
朝が来るのを待ってる
泣いたのは誰
風に乗りどこまで飛ぼうか
ずっとずっとずっと

気づいた時には 山の上に
(気づいた時 高く澄んだ青い空 山の上に高く澄んだ青い空)

高く澄んだ青い空 主の帰らない廃墟をめざし
(崩れ落ちそう 今頃来ても 遅すぎるさ)

赤い服着た列が並び
(上下赤で男女入り乱れの列がずっと先まで続いてる)

主義主張をなくして 高らかに歌う サンタルチア
(声張り上げて一人だけひどく音はずれてる)

よりそって燃える火を見ながら
朝が来るのを待ってる
長くキスした
風に乗りどこまで飛ぼうか
ずっとずっとずっと

美しくあふれる海を見ては
朝が来るのを待ってる
泣いたのは誰
風に乗りどこまで飛ぼうか
ずっとずっとずっと

遠い星が爆発した日
焼けた灰は海へ骨は山へ帰る頃

よりそって燃える火を見ながら
朝が来るのを待ってる
長くキスした
風に乗りどこまで飛ぼうか
ずっとずっとずっと

いとおしくあふれる海を見ては                            
朝が来るのを待ってる
泣いたのは誰
風に乗りどこまで飛ぼうか
ずっとずっとずっと

よりそって美しい星に
朝が来るのを待ってる
死んだら人はどこいくの
風に乗りどこまで飛ぼうか
ずっとずっとずっと

見送る人たちが小さくなっていく 手を振る 手を振る
見送る人たちが小さくなっていく 手を振る 手を振る

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posted by ハシケン at 22:12| Comment(0) | 曲について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする