2019年04月20日

限りなくあの空に近い。

2000年6月リリースのアルバム『限りなくあの空に近い』のタイトル曲「限りなくあの空に近い」。この曲はあるテレビ番組への出演がきっかけで生まれた。

1996年5月に合計5回毎週放送されたNHK『熱中ホビー百科』にバンド「Hasiken」として出演した。サブタイトルに「地上最強バンド講座」とあり2つの現役高校生バンドと音楽を作ったりライヴをやってみたり。番組の司会は吉本のお笑いコンビ「ペナルティ」。ペナルティのワッキーはギターを弾き語りできたので一緒にギターを弾いて遊んだりもした。ワッキーなかなか上手で楽しかったなぁ。

その番組への出演を希望する高校生バンドからの応募が確か10組ほどあって番組の収録が始まる前にその中から2組にしぼる必要があったためオーディションのようなものがあり私もそこに立ち会った。各バンドが出演希望のために書いた用紙に色々好きなバンドやテレビ番組、夢なども書いてあった。私はその当時28歳になったばかりで彼らと10歳から12歳離れていることもありそこに書かれてたことや集まった高校生がとてもまぶしくて新鮮だった憶えがある。選ばれたのは女の子だけで構成された「Sweets」とボーカルやすきくんを中心とした「YASKI」。

1週目はリズムについての講座だった。「あんたがたどこさ」をボールをつきながら歌い、ボールが地面についてる時とボールが手に触れてる時でリズムの表裏を感じるという趣旨。3週目に作曲に挑戦する回があって、2組に同じ歌詞を使ってそれぞれ別の曲を作ることにトライしてもらうことになり、私がそのための元の歌詞を書くことになった。その時書いた歌詞が「限りなくあの空に近い」。歌詞を2組に渡し、私は私でこの歌詞に曲をつけていった。番組内で2組にできたてのそれぞれの「限りなくあの空に近い」を演奏もしてもらった。その後私が曲をつけて後にリリースすることになる形の「限りなくあの空に近い」も演奏した。なので「限りなくあの空に近い」という曲は同じ歌詞で3つの曲が存在している。

番組が終わってから「Sweets」のメンバーとは会うことはだんだんなくなったが、やすきくん達はつきあいが続いて私のライヴのオープニングアクトをやってもらったりライヴの手伝いをしてもらったりたくさんお世話になった。一時期全く連絡を取れていない時期もあったけど東日本大震災の後、やすきくんと奥さんの万里子ちゃん、そして「YASKI」のメンバーで番組にも出演してるちえちゃんが熊本の山都(やまと)に移住し有機農業を1から始め音楽も続けているのを知り連絡を取り合った。2015年11月バイオリン江藤さんと私のデビュー20周年ツアーの一環でやすきくんたちの知り合いのお店「Organic cafe そらのもり」を訪れ「YASKI BAND」と久々に共演をさせてもらった。最近会えてないから次回熊本に行くときはまた会いたいなぁ。

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限りなくあの空に近い
作詞・曲 ハシケン

ここから見渡せるパノラマより
もっと遠くにあるものに一緒に触れてみたい

目と目が合うたびに 今までより
もっと上手にこの気持ち 伝えたいと思う

あらゆる地上の夢がどんどん小さくなってゆく
あらゆる地上の夢がどんどん小さくなってゆく

限りなくあの空に近い一番高いとこから
突然風になっても手を握りしめてるから
こわくない

ここから見渡せるパノラマより
もっと遠くにあるものに一緒に触れてみたい

あらゆる地上の夢がどんどん小さくなってゆく
あらゆる地上の夢がどんどん小さくなってゆく

限りなくあの空に近い一番高いとこから
突然風になっても手を握りしめてるから
こわくない



iTunes

限りなくあの空に近い』(2000年6月リリース)
kagirinaku.png

うた』(2016年10月リリース)沖縄で新録音された「限りなくあの空に近い」収録。
uta.png


posted by ハシケン at 14:36| Comment(0) | 曲について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする