2009年07月21日

夜ネヤ、島ンチュ、リスペクチュ!!

7月16日(木)
朝8時発の鹿児島行きの飛行機に乗込み
鹿児島経由で、有希さんとトマルくん3人で奄美に入った。

空港から奄美市に向かう途中で
いつものように、鶏飯を「ひさ倉」で食す。

いつ食べても旨い。

ほんの1か月ちょい前に浜野くんと食べたばかりだが
やはり旨い。


ホテルにチェックインしてから
ASIVI2階にあるスタジオ入り。

7/7付の、ここで
「おそらく、このイベント中演奏してる時間が一番長いのは、
私になるはずです。」と書いたのは、実は
自分のライヴ以外に、奄美の女性唄者(ボーカリスト)4組の
サポートすることになっていたからだ。

具体的にそのことを書けなかったのは
イベント公式HPで、タイムスケジュールが出ていない状態だったため。


そのリハーサルをまず東京で1組、
そして奄美入りして3組することになった。

東京ではANNAちゃん。
奄美入りしてからは
RIKKIちゃん、我那覇美奈ちゃん、中村瑞希ちゃん。


瑞希ちゃんは「中村瑞希&ハシケン」としても活動していて
曲も私の曲が3曲あり、あまり問題を感じなかったが
他の3組に関しては、面識はあるものの
いわゆる「サポート」するのは全くの初めて。



6月後半から奄美入りするまでは
送られてきた楽譜と音源とにらめっこしながら
ピアノとギターで弾いてみて、バイオリンの有希さんと
パーカッションのトマルくんにどういった形で
参加してもらうかを考える毎日だった。


4組、特に奄美に入ってからの3組のリハが
終わった時点でいろいろと見えたが
疲労とプレッシャーもピークを迎えた。


このプレッシャーは独特のもので
初体験。


いろいろと人のサポートをすることで
「勉強」になる部分はあるが、
私はいわゆる楽器のプレイヤーではないため
ほんとうに良い形でサポートできるのか不安が大きかった。

そして私自身がメインボーカルの人間のため
自分が気持ちよく歌える環境というのは
どういう状態なのかを、まがりなりにも知ってるため
私がサポートにまわった場合、「歌いにくい」とか
「サポートしてもらうのが不安」・・みたいなことだけは
みんなが感じないような、しっかりとした演奏・サポートをしたいと
強く思うために出てくるプレッシャー。


この独特の感覚は、19日の本番まで続いた。



翌17日(金)は、ゆっくりとできるだけ過し
18日(土)、いよいよ「夜ネヤ、島ンチュ、リスペクチュ!!」開催。

この日は、どちらかというとシマ唄メインのラインナップ。

私は19時40分過ぎにライヴスタート。
「くっついてたい」、「美しい島(くに)」、「ワイド節」を
有希さん、トマルくんの強力サポートのもと、気持ちよく歌えた。

夜ネヤ.JPG

どのくらいお客さんがいただろう。

ざっと見回して軽く1000人は越えていたと思う。


ここで、できた演奏は
とても納得できるものだった。

そして大勢いたお客さんの反応がとてもダイレクトに
伝わってきて、めちゃくちゃうれしかった。


と同時に、この素晴らしい時間が終わってしまうことの
さびしさもとてつもないものだった。


いつかこんな歌や演奏ができたらいいな、と
若い頃から思っていたパフォーマンスに
近づけた気がした。



ラストに「感謝」を1人で。


歌の途中で、空をふいにながめた。

ライヴ前はまだ少し明るかった空が
すっかり暗くなっていた。



無心で「感謝」を歌っていようと思ったが
それはできなかった。

全く同じ会場、奄美パークで行われた
6年前の「夜ネヤ、島ンチュ、リスペクチュ!!」の
ステージに立っていた私自身を
どこかで常に越えたいと思って、そこに立っていた。

ちょっとだけ、越えられたと思えた。



そして奄美との縁。

1つも無駄なことなどなく
つながっている。

感謝。

歌い終えるのがほんとうに惜しかった。



イベント1日目のしめは「六調」。
大御所から若い人たちまでの唄者たちと
一緒に私も踊った。

気持ち良い夜だった。




7月19日(日)
「夜ネヤ、島ンチュ、リスペクチュ!!」2日目。

昼前に会場入りして、軽く音出し。

まだ中学生の唄者
住姫乃ちゃんと平田まりなちゃんの後、
まずはANNAちゃんのサポートでステージに上がる。


ANNAちゃんの曲は全4曲。
ピアノ2曲でギターで2曲。
まずは私のピアノのみで
「月の足跡」という曲。
2曲目から有希さん、トマルくんも加わった。


次は、我那覇美奈ちゃん。
1曲目は私作詞作曲の「波の音」。
全5曲。ピアノとギターを行き来した。
美奈ちゃんとも出会ってから9年。
感慨深いステージになった。


そしてその次はRIKKIちゃん。
「御月様」という曲から「俊良主節」のメドレーで
スタート。
RIKKIちゃんも全5曲。私はまず最初にピアノで
3曲、後半ギターで2曲。


ラストは、中村瑞希ちゃん。
1曲目は私作詞作曲の「恋」。
ミニアルバム「TSUMUGI」収録曲4曲を
すべて演奏した。



時折、直射日光を浴び
気温と湿度も高い中の約2時間ステージ上にいた。

その時間、集中力を欠く事なく
すばらしい演奏でサポートした
有希さんとトマルくんに
ほんとうに感謝!!!


私自身はいくつかの反省点もありつつ
何とかサポートをやりとげた感じ。



やっと気持ちも落ち着いたのは
シャワーも浴びて
陽も落ち、空が暗くなり元ちとせちゃんの
ライヴがステージ上で繰り広げられてる頃。



ラストのサーモン&ガーリックのライヴの後
前日につづき「六調」が始まりまた踊った。

前日とは
全く違う心持ちだった。


独特の解放感。


参加したアーティストとお客さんのたくさんの笑顔が
とても素晴らしかった。


いろんなことや
いろんな想いはあるけど
ここにいることが、ただただ幸せだと
感じた瞬間だった。


2日間とも
うちら3人をホテルから会場まで
送り届けてくれたゆーきゃん
ほんとうにありがとう!!ナイスサポート。



9年前、私を初めて奄美に呼んだ人間の1人
ASIVIオーナー麓憲吾をはじめ、イベントを支えていた
すべてのスタッフの皆さん、ほんとうに
お疲れさまでした!!!


この9年間の出来事が
一気に頭の中をかけ巡っていった。




ありがとう、奄美。


posted by ハシケン at 05:45| Comment(1) | TrackBack(0) | ライヴ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ハシケンさん、夜ネヤお疲れ様でした。

今回の夜ネヤはすごいライブだったんですね!
ハシケンさんの日記を読みながら、六年前のように今回も、何はなくとも奄美に駆けつければよかったなあ、と思うことしきりです。

ハシケンさんとANNAさん、RIKKIさん、美奈さん、瑞希さんとの共演!?想像を超える企画にホント吃驚致しました!!(憲吾兄さんの発案だったのでしょうか?)
六年前の夜ネヤでもそれぞれに輝きを放っていた四人のそれぞれの色と、ハシケンさんの色が絡む夢のようなステージを是非とも生で見たかった!

ハシケンさんの文章を頭の中でなんとか映像化して追体験してみたいところです。が、非常に難しいですね(^_^;)
無理だとはわかっていても、憲吾兄さんには映像、せめて音源、あるいはライブ写真(集?)をぜひリリースしていただきたいところです!よろしくご検討くださいませ。

今回の夜ネヤの渦の中心にいたハシケンさんの文章から伝わる感動は、そんじょそこらのライターさんの文章からはとても得られないスペシャルなものですね。
そのこと自体にも鳥肌がたつほどの興奮を覚えます。

ハシケンさんがミニアルバム“WAIDO”をリリースした当時、
リッキさんのオフィシャルサイトBBSに丁寧に挨拶文を書き込んでいたことが思い出されます。
「リッキさんのファンの皆さはじめまして。今度リリースしたアルバムWAIDOですが、リッキさんにコーラスで参加していただきました。ぜひ聴いてください。よろしくお願いします。」
というような文章でしたね。
私はこの時初めてハシケンさんのことを知りました。
坪山先生の曲をカバーするなんて殊勝な方がいいるものだとまず思い、その文面からなんと礼儀正しく、気さくで情熱的なミュージシャンがいるものだろう!?
きっと素晴らしい青年なのだろうと感じたものです。自信満々だけど奢らず、謙虚だけど誇り高い、そんな青年に違いないと。

ハシケンさんはあの時のまま、何も変わっていないんですね。一言二言の言葉を交わす以上に、文章にはお人柄が出ますものね。
相当前のことですけど、思い出さずにはいられませんでした(^_-)*

長文駄文失礼いたしました。これからも益々のご健勝を祈念しております。

どうかどうか













Posted by 西@鹿児島市 at 2009年07月24日 11:34
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