2019年01月22日

いつでも音楽のそばに(その1:荻原崇弘<オギ>)。

歌詞や曲を仕上げる時、CDとか作品に仕上げる時にいつも頭に浮かぶ人が3人いる。その3人がいつどこで私の曲を聴いても恥じないようなものに仕上げようと思ってやってきた。個人の好み、好き嫌いはあるからそれがたとえその人にとって嫌いなものだったとしても「もっとちゃんとやれよ。ハシケン落ちたなぁ・・」なんて思われないように、気を引き締めさせてくれる存在。その1人目は、20代前半に一緒に「うの花」というユニットをやっていた荻原崇弘。私はずっと「オギ」と呼んでいた。オギとはどうやって出会ったんだろう。憶えてない。いや思い出した。今みたいにSNSなんてないから楽器屋に貼り出された紙を見て私が電話した気がする。

オギのアパートの部屋は昼間楽器を大音量で演奏しても大丈夫だった。木造のボロい(失礼!)アパートだったのに。近くに音大があったのでクラシックをやってる人が周りに多かったからかも。6畳とちっさいキッチンしかない部屋にアップライトピアノやキーボードや機材がオギの部屋に満載だった。私が訪ねる度にオギが淹れてくれるインスタントコーヒーがとてもうまかった。隣の部屋にはオギと一緒にバンドもやっていた高崎くんっていうベーシストが住んでて私がオギの部屋に行く時会ったりお互いの曲を聴き合ったりした。何しろ音がずっと夜まで出せるのでバイトがない時はよく通って一日中音を出していた。オギにバイトを紹介してもらって一緒に出かけることもあった。「うの花」としてライヴで演奏した曲は映画「裸足のピクニック(矢口史靖監督作品)」のサントラにもなってるので今でも聴くことはできるが、CD化されていない「うの花」の曲が他に存在する。その曲たちをオギが持っていた8トラックのオープンリールのレコーダーで録音していった。その録音したものを数曲集めてカセットテープにしたものもある。ただこのカセットにも収録しなかった私とオギが初めてお互い納得するまで時間をかけて曲が1曲だけある。オギが元々コード進行やリズムを作りその上に私が歌詞とメロディを肉付けしていった曲。暇さえあればオギのアパートに毎日のように通っていたのに、お互いが納得する曲になるまで丸々1年以上かかった。お互いに自分の考えや意見がはっきりしていて一歩も引かなかった。その1年が今思うとほんとうに愛おしくてたまらない。この1曲があったからこそその後お互いを認め合えたと思う。

時系列が逆になったがその後オギのオープンリールのレコーダーで録音したり、矢口くんの映画の音楽を担当することになる。そして私は自分の歌に自信がなくなり、もっと歌えるようになりたいと考えてる時に「沖縄」というキーワードを至るところで見て、92年10月「うの花」の実質ラストになった世田谷北沢タウンホールでのワンマンコンサートをやった後活動停止。そして私は沖縄へ一人旅にその年の12月に出かけた。オギとはその後会ったり、オギが故郷の長野県小諸に戻ってから私の長野でのライヴを手伝ってもらったりもした。東日本大震災以降特にここ最近は全く会えていない。あの1曲を作り上げた1年の時間があるからこそ、下手なものをオギには聴かせられないと今でも思う。「うの花」にはオギの他に関わってくれたメンバーがいるけど、それはまた別の機会に。
posted by ハシケン at 18:11| Comment(0) | 日々のおもひ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: