2019年04月30日

絵が描きたくなる衝動。

頭の中では構図が出来上がっている。どんなタッチなのかどんな色が組み合わさるのか、かなりしっかりと。早くその絵を描きたいがその前にやることがたくさんあってそこまでいけないもどかしさ・・・。早くそこに行くから待っててよー。

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ラベル: 衝動
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2019年04月29日

ここ2日間。

ここ2日間くらい疲れも出てきて気持ちも体調も落ち気味だったが、今日はだいぶ持ち上がってきた。今週からまた始まる約1ヶ月に渡るツアーに向けて最終的な準備に準備。関西、北海道、四国、島根、宮崎の地元の方はもちろん全国からぜひ!今日はまずは森で深呼吸。「♪深く息を吸いこんで」(風の轍bySaigenji)

ツアー・ライヴの詳細

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ラベル: ツアー 深呼吸
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2019年04月28日

私は「アシクン」?。

数年前フランスに行った時に、フランス人がiPhoneのことを「イフォン」と話していたのを色んな場面で聞いて、この人たち、かたくなだなぁと思った。フランス語の「i」の発音は「アイ」ではなく「イ」に近いので「イフォン」で良いんだけど、iPhoneは固有名詞だから「アイフォン」で良いのでは?と内心(笑)思っていた。

コンピュータ(Computer)は「Ordinateur」というちゃんとしたフランス語としての言葉が存在する。コンピュータと言わず「自動電算機」みたいなものか・・。フランス語と英語の関係を調べていくと・・「アカデミーフランセーズ」という外来語をフランス語に変換して定着していこうという公の機関がフランスに存在していることに行き着く。iPhoneを「イフォン」と言う下地にはどこか「アカデミーフランセーズ」のような機関を存在させるフランス人のフランス語への誇りやこだわりがあるのかなぁ。

私の名前のアルファベット表記は「Hasiken」(シの部分に「h」は入らず「si」。そこにこだわりがあってHashikenというアルファベットの並びは好みではないので「Hasiken」にしている)。フランス語で「h」は発音しないのと「e」は「エ」ではなく「ウ」と「オ」が合わさった様な発音になり聞いていると「ウ」の成分の方が多い感じに聞こえるからフランス人がそのまま「Hasiken」を読むと「アシクン」に近い発音になる。


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2019年04月26日

森の中へとつづく道。

言葉を綴ることに集中しきれない時がある。色々書きためている走り書きのようなものをいくつも読みながら「これじゃない、それじゃない、あれじゃない」となり、結局まとまらない。そんな時は一旦置いて出かける。そこに出かけても言葉が出てくるわけではなくかえって言葉は必要じゃなくなる。そこまでいってはじめて葉っぱの上にちょこんと乗った雫のような言葉が生まれる。

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2019年04月25日

匂い。

どこからともなく漂ってきた匂いの中に、すぅーとどこかで玉ねぎを炒めてるような匂いが混ざっていてお腹が減り出す。煙りをともなったものでなければ匂いも目で見ることができない「無形」なもの。目に見えないものに影響されるという意味では音楽と共通している。

食べ物の匂いや誰かの匂い、部屋の匂いなど、それをだ感じると一気にその匂いとリンクしてることや思い出に飛ぶことができる。それも音楽と共通してるなぁ。耳と鼻から入ってくる情報って色々つながってる気がする。最近、森の匂いが足りないから行ってみよう。

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ラベル:
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2019年04月24日

何回も来た所。

何周りか回ってきて、ここは前にも来たことがあるなぁと思うことがある。自分がおちいりやすいパターンがよく見える。次の場所へ行きたいならその循環の中から抜け出さないといつまで経ってもその中。変化に伴うものは色々あるけど好きなことをやっていくために動いていく。

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2019年04月22日

という理由で。

パソコンを使い続けていると、確実に後で必要なデータと後で使うかわからないけどとりあえずとっておこうという「グレーゾーン」のものも一緒にポイっと外付けハードディスクに保存していることが多い。よく持ち歩いてる外付けハードディスクも容量が大きめのものを買ってみたもののいつの間にか空き容量が少なくなってくる。そこでデータを整理しようと思うけど・・。引っ越し前の片付け中に、思い出がある物とか写真とかが目に入り手が動かなくなったり、ずっと見つけていたのに見つからなかったCDがふと現れて懐かしくなり聴き始めて何時間も聴いてしまったり。それと似たようなことが外付けハードディスク整理でも起こりそうでこわい、という理由でなかなか始まらない。

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2019年04月21日

人間面白い。

人は簡単で単純じゃない。遺伝子レベルの話で言えばとんでもない昔からいろんな人たちが混じり合って出来上がってるからあたりまえと言えばあたりまえか。だからこそシンプルでわかりやすくて「これを信じていれば大丈夫」というものに惹かれる時やそこにすがりたいという気持ちも出てくるんだろうか。アメリカで黒人の人たちを差別してきた白人至上主義の人の遺伝子の中にアフリカ起源の黒人の人たちが持つDNAが含まれていたことがテレビ番組で放送され反響をよんだことが数年前にあったらしい。体に内包されているものは見た目で判断できない。

いつも楽しい感じで過ごしている人が生まれてきてからずっと楽しく楽天的に生きてきたとは限らない。そう人もいるのかもだけど。ステージに立って観客を盛り上げてる人が普段全然そんな感じではなかったりする。普段からそういう人も知ってるけど(笑)。どちらの可能性もあるし、その人の全てを知ることはできないので簡単に判断して「この人はこんな人」と決めつけることなどまずできない。私はいつの頃からか人と初めて会うときに、その人の見た目からイメージできることとはまずは逆のことがその人の中にきっとあるんだろうなぁと考えるようになった。人はいろんな面を持っている。威圧的にゴリ押ししてくる人って実は弱っちいんだろうなぁとか。誰に対してもやさしく接することができる人は、すごくきびしい面も持っているんだろうなぁとか。でもそれもそんな「イチかゼロ」ではなくて、人は無数の面で形成されてると思う。自分でも自分のことがわからないところがあって、ふとした時に「こんなところ自分にもあったんだ!」って気づくときがいまだにある。人間面白い。

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ラベル:人間面白い。
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2019年04月19日

自問すること。

実際に習ったことがある沖縄民謡。色々な知り合いの唄者もいて身近で聴く機会も多い奄美のシマ唄。昨年から沖縄民謡や奄美のシマ唄に対して自分がやれることは何なのだろうか、三線(三味線)を弾きただ民謡・シマ唄をそのまま唄うのではなく「今、生きてる唄」として表現していくこととはどういうことなんだろうか。と自問することが多くなった。自作の曲でいえば沖縄の三線を使い弾き語りをした上で沖縄民謡ではほとんど使うことがなく奄美のシマ唄で多用される裏声を使っている「月光の道」がその答えの1つになっている気はする(この曲に関してはこちらも)。

沖縄でも奄美でも古くから唄われてる唄に使われている言葉を実生活で話す人たちは今少なくなった。ある一定の年齢より上の世代か、その世代の人たちが同じ家の中にいていつも聞いて育った世代。形式や唱法は伝統的なものをベースにして、今普段使っていて理解ができる標準語の歌詞を新たに作って載せていく試みを少しずつやっていきたい。

時間はかかるかもしれないが自問に対する答えとして表現していこうと思う。

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2019年04月18日

ちょっとずつ、また英語。

今年もまた6月後半からイギリスに行ってライヴをやれそうなので、毎日またちょっとずつ英語の勉強を。昨年2度ドイツとイギリスに行ったこともあり英語で意思表示や会話をすることに対しては以前よりあまり苦に思わなくなった。伝えたくても知らない言葉は日本語で声に出してしまうことも多い。「えー!そんなこと言われてもわかんないよ」とか(笑)。もちろん全てではないが今までの経験上しっかりと感情が乗る母国語の方が言葉を知らなくても相手に感覚で伝わることが多い。身振り手振りも加えて。ただ細かいニュアンスのことを伝えたい場面では難しい・・。昔、本で読んだトモフスキー(大木知之)さんの言葉にうる覚えだがこんな風なのがあった「ほんとうの国際人は優秀な通訳をつける」。これは一理ある。

私は日本語で歌詞を作って日本語で歌っていて、そのスタイルは海外でも変わらない。海外でライヴをやるときにMCで簡単な曲の説明を英語ですることによって曲をより「身近」なものとして受けとってもらえたらいいなぁと思っている。ただ昨年実際にドイツやイギリスでライヴをやってみて、もう少し英語で説明できたらいいのになぁという場面があったので、自分の曲について英語である程度説明できるようにはしたい。

あと、もしせっかく近くにバイリンガルの人がいるのであれば、全部通訳してもらって日本語で通そうかなぁとも思ってる(笑)。前はなんでも自分でやらなきゃって考えがちだったけど、得意な人がそばにいるなら任せた方が良いなぁと思えるようになった。

まぁこつこつね。こつこつと。

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2019年04月17日

父と息子。

なかなかタイミングが合わずに観ていないままだった映画「ボヘミアン・ラプソディ」と「万引き家族」をやっと観ることができた。どちらの映画にも父と息子の関係性、2人のやりとりが描かれているシーンが出てくる(「万引き家族」は本当の父と息子ではない設定)。どちらの映画の中でも、父と息子の関係性がわかるシーンやそのやりとりが描かれたシーンにこみ上げるものがあり涙があふれた。

私は父親と仲が良かった。私が小さかった頃父親は実家の和菓子製造や配達のいそがしい仕事の合間をぬって(1年の中でお店の休みは1月4日と8月16日の2日間のみ。なぜこの2日だけ休みなのかはまた別の機会に)できるだけキャッチボールをしてくれたり車で出かけてくれた。何事に対してもとても協力的な人だった。日曜日になるとなぜか焼きそばをよく作ってくれた。和菓子屋に生まれた私の小学生の頃の夢は、パリに行ってケーキ職人今でいうパティシエになることだったが14歳の時にビートルズを聴いて衝撃を受けて以来ミュージシャンになることに変わった(このあたりのことはこちらにも)。でも頭の片隅にずっと「実家を継いだ方が良いのでは・・」ということがありつづけ(私が継げば3代目になるはずだった)、地元の秩父農工高等学校(現・埼玉県立秩父農工科学高等学校)の「食品化学科」に入学(ここでパンを焼いたりジャムを作ったり学校に泊まり込みで味噌を仕込んだり・・色々と食品製造を勉強している)。卒業後、同じ埼玉県の入間市に在る和洋菓子店に就職が決まり週6日秩父から通うことになった。初出勤の前日1986年3月23日日曜日秩父は雪が少し降り積もった。雪がやんできていた一面真っ白な屋外で私は父親と何分間か話した。その中で明日からの仕事に行くことにあまり前向きではないニュアンスのことを言った憶えがある。その時父親は少し苦い顔をしながら「まあ・・・行ってみなよ」とやさしく私に伝えた。

私と同期で入った新潟出身の子は会社の寮に入っていたが、私は暇があれば音楽を爆音で思いっきり聴いたりギターを弾いて歌いたいと思っていたので寮に入らず往復約2時間電車に乗って通うことに決めた。でも実際には朝始発で出かけ丸一日働いて終電で帰ってきて実家に戻ったらお風呂にほぼ眠りながら浸かり眠って朝起きたらまた出かけるという毎日。しかも唯一の休日だった月曜日は疲れが出て動けないから結果寝る・・。そんな毎日では最初思い描いていた「暇があれば爆音で音楽を思いっきり聴いたりギターを弾いて歌いたい」などできる時間は全くなく精神的に不安定になっていった。途中からだんだん仕事に行くのがいやになり胃がキリキリ痛むようになり仕事を休み病院に行ったがただ胃痛を抑える飲み薬をもらうだけだった。父親が配達に出かけ母親と2人になった時「もう仕事行きたくないんだよね」と伝えたら「とりあえず1年はなんとか行ってみたらどう?そのあと家で仕事したらいいんじゃないの」という感じで言われた。

私の直近の上司の奥さんが秩父出身だったこともありその上司は私のことをとても可愛がってくれ仕事も積極的に優しく教えてくれた。入社して2ヶ月を過ぎたあたりから、和菓子屋の息子とはいえ実家では焼いたこともないカステラの仕込みから焼きまでトライさせてもらえるようになった。1人きりで最初から最後まで売り物にするカステラを作るのは初心者にはかなり難易度が高い。それでも真剣にじっくり教えてもらえたおかげで何回も失敗しながらも1人でカステラを焼けるところまでいけた。でも私が本心からやりたいことではなかったし生きたい生き方ではなかった。上司は私にできるだけ色々な仕事を覚えてもらって私に仕事を引き継いだ上で、故郷(確か東北)のご実家の和菓子屋に早く戻り継ぎたいという気持ちがあったからこそ真剣に私に手取り足取り色々教えてくれていることも知っていた。

上司の気持ちに応えたいという気持ちがなかった訳ではない。でも結果我慢することや耐えることができず入社してから3ヶ月が過ぎて仕事に完全に行かなくなり家を出て上京し、すでに東京に住んでいた姉の助けを受け東京でバイトをしながら音楽活動を始めた。父親は私に和菓子屋を継いでもらいたい、という気持ちが強くあったことを私は知っていたし、父親は私が家を出た時から相当気持ちが落ちてしまったことを後々母親から聞いた。でも実家に時々帰り実際に会うとそんなことは一切顔や言葉に出さず私を迎えてくれずっと応援してくれた。家を出てから9年が経ち27歳で「グランドライフ-7L3EPT-」(この曲についてはこちらも)でデビューが決まりリリースされるとすぐに父親はUSEN(有線)を契約して和菓子屋の店内で音楽を流せるようにスピーカーも設置して、USENの秩父営業所に電話をして、よくリクエストもしてくれていた。

私が家を出た時父親は本当はどんな想いを抱いていたのかとか、ゆっくり2人きりで色々「あの時ほんとはね・・」みたいに話したり、和菓子屋を継がず家を出てからもずっと応援をしてくれてることに対してお礼をしっかり伝えたかったがその機会は作れないまま2009年9月1日父親は倒れた。その前日8月31日私は北海道常呂町でバイオリン江藤有希さんとライヴをやっていて9月1日はオフでまだ常呂町に滞在していたが父親が倒れたという連絡で急きょ女満別空港から飛行機に乗って羽田に向かいそのまま搬送先の病院に向かった。すでに父親の意識はなく呼吸器や色々な医療精密機器につながれていた。久しぶりに握った手は野球のグローブの様に相変わらず大きく温かった。そのまま意識は戻ることなく亡くなった。

2012年にリリースしたハシケンmeets伊藤大地の2nd『ファンタジー』に「父親」という曲を収録してソロライヴでもよく歌っている。自分のちょっとした時の声やくしゃみをした時の感じとか、年齢を重ねるごとに父親にそっくりになってきてるなぁと最近特に思う。

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父親
作詞・曲 ハシケン

ずっとずっと嫌ってたはずなのに
顔も声も猫背のところも

年を重ねてゆくほど
父親に似てきている

やっと今あなたのこと
少しわかる
もう少し話したかったね

どうしても
切り出せなかったことばかり
いつからか
本音を避けていたね

ほんとはどんなこと
思ってたの?
隠れて泣いた日も
あったの?

夕焼けに染まりながら
手を繋いで
歩いた日を
思い出す

年を重ねてゆくほど
父親に似てきてゆく

やっと今あなたのこと
少しわかる
もう少し遊びたかったね


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2019年04月16日

6月のムジカカルナバル!in奄美。

6/7、8、9の金土日の3日間、奄美の中で会場を変えて行う「ムジカカルナバル!in奄美」。

6/7と8に我那覇美奈ちゃんも出ることが決まり参加アーティスト全員揃った。初日は私も初めてライヴさせてもらう奄美南部・瀬戸内町嘉鉄(かてつ)にあるリゾネッチャヴィラin嘉鉄。そしておなじみマヤスコ、ASIVIと続く。出演者もめっちゃ多彩。来月大阪でも久々に対バンするSaigenji(サイゲンジ)、愛知県出身でニューヨークで活動してたこともあり今は奄美在住ボーカリスト・ミヤタトモコさん、沖縄民謡の私の「妹弟子」にあたる又吉佑衣ちゃんfrom沖縄、奈良はぶナイトでよく一緒の奄美シマ唄・里朋樹、ともきのシマ唄、最近またぐんと良くなってるんじゃない!?いえい、楽しみ。そして6/9のオープニングを飾ってくれるのはシマ唄漫談ユニット「サーモン&ガーリックwithアニョ」、6/9のみDJで参加してくれるTSUKASA SOMEKAWA。最初このイベントを考えた時こんなにも多彩で豪華なアーティストが参加してもらえるなんて思ってなくて、かなり気持ちが高ぶってます!島内の皆さんはもちろん、全国からいらしてくださいねー!

ライヴの詳細はこちら!
それぞれの日の出演者が変わるのでチェックしてくださいね。6/7、8は「フェス形式」9は私とサイゲンジのお互いのソロ2マンにトモコさん、佑衣ちゃんにゲストで入ってもらう予定。

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2019年04月15日

人との出会い。

人との出会いはほんと奇跡の連続なんだなぁと最近特に感じる。元はと言えば誰かが紹介してくれたおかげで出会えて、またその誰かが紹介してくれたり繋げてくれたりして出会えたり。ほんとちょっとしたズレで、すごく近くにいても出会えなかったりもあるんだろうなぁ・・。あの時あそこにいたんだ!って後で出会えた時にお互い思えたらいいけど、そう思うこともなく会えないままの人もたくさんいるんだろう。会えるも会えないも運といえば運かもしれないが出会えてよかった、出会えて幸せだと思えることはほんとうに素敵だ。素晴らしい。出会えたことに心から感謝。すで出会えてる皆さん、これかもよろしくお願いします!まだ出会えてないけど近いうちに会えそうな皆さん、会える日を楽しみにしてますー!

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ラベル:感謝
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2019年04月14日

仕込み本格的にスタート。

5月25日からの3日間、愛媛3会場での『つむぐうた大盛況御礼参りツアー』のサブタイトルが「今回は三線多めで行きますよ」。いつものライヴより三線の弾き語りを多めにやろうと考えていて沖縄民謡その他三線を使う曲を増やそうと思っている。愛媛でのライヴまでまだ1ヶ月以上あるけどほんとうの意味で体に染み込ませるには時間が足りないくらい。さて今日から仕込み本格的にスタート。お楽しみにー!

『つむぐうた大盛況御礼参りツアー〜今回は三線多めで行きますよ〜』
5/25(土)愛媛県西予おめぐり庵5/26(日)愛媛県松山KeepOn5/27(月)愛媛県新居浜キッサコ


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2019年04月13日

ズルい楽器。

今まで実際にその音を生で聴いたことがあって、プラスできたら共演経験がある楽器の中で私が「ズルい楽器」と呼んでる楽器がある。私が「ズルい楽器」として決めるために1つ大きな条件がある。それは「1音出しただけで、その楽器特有の世界へ引きずり込むことができる」。

昨年まで「ズルい楽器」は3つだった。まず1つ目は私のCDやライヴで数多く共演歴がある高田漣くんが得意とする楽器の1つ『ペダルスティールギター』。漣くんの他にアルバム『感謝』と『限りなくあの空に近い』に尾崎孝さんにもペダルスティールで参加していただいている。ペダルスティールの「ズルい」とこは何と言っても見た目に何をどうしてるかよくわからないのに(笑)独特の浮遊感や哀愁を漂わせその世界に引きずりこむことができるところ。私の曲の中で代表的なのは「凛-りん」(『感謝』収録・尾崎孝さん演奏)、「今日もよろしくね」(『Hug』収録・高田漣くん演奏)、「下北沢」(『Hug』収録・高田漣くん演奏)。

2つ目は『バンドネオン』。アルゼンチンタンゴの象徴的な楽器。この楽器もほんと「ズルい」(笑)。生では何回も聴いているが共演経験は残念ながら、ない。チャンスがあればライヴで共演もしたいしレコーディングにも参加してもらいたい。まずはバンドネオンが活かせる曲を書きたいなぁ。20代の頃コンサートで観た京谷弘司さんのバンドネオンは衝撃だった。「ハシケン×江藤有希」の江藤さんとよく共演してる早川純くんのバンドネオンも素敵だ。バンドネオンと言えば絶対外せない「アストル・ピアソラ」。20年前にピアソラの「リベルタンゴ」を漣くんと一緒に演奏したことがある。1つ目と何気につながってた!映画『ピアソラ 永遠のリベルタンゴ』は観たいと思ってたけどタイミング合わずまだ観れていない・・。バンドネオンの音色は人間の声以上に人間の心の奥底に眠っていたり沈殿している感情をあぶり出すような気がしてる。そして哀愁。ピアソラの音は特別「ズルい」。

3つ目は『チェロ』。カエターノ・ヴェローゾを始め様々なアーティストとの共演で知られる「ジャック・モレレンバウム」のチェロは「ズルい」。特にカエターノとの共演ライヴは大好きだ。チェロは音域が思ったより広く、その音域はちょうど男性の声と見事にかぶっている。だからデュオとかで演奏する時は音域の近さから音があたってしまう危険性があるなぁとよく思う。でも音域が近いことで歌に寄り添ってもらうことやベースの音域までカバーできることもあり弾き語りとチェロのデュオの発展性や追求していく点がかなりあるなぁと感じている。ライヴ共演やレコーディングに参加してもらってるのは、橋本歩さんと薄井信介くん。歩さんが初めて私のCDに参加したのは『青い月』収録の「空へ」。サビの中でどうしても弾いてもらいたいフレーズが1つあってそれを指定させてもらったがそれ意外は歩さんがその時作り上げてくれたもので曲を構築した。歩さんとはデュオライヴ、そしてハシケンフルバンドスタイルでもチェロを弾いてもらったりライヴバージョンの「赤い実」のストリングスアレンジも担当してもらってる。薄井くんは2009年「中村瑞希&ハシケン」のCD『TSUMUGI』のレコーディングで初めてチェロを弾いてもらった以来、私が音楽を担当した映画「朱花(はねづ)の月」(河瀬直美監督作品2011年公開カンヌ国際映画祭公式ノミネート)でテーマ曲、そして映像を観ながらのアドリヴ演奏まで素晴らしい演奏で参加してもらった。ハシケンmeets伊藤大地『ファンタジー』の「この世界で」「バトン」にも。バイオリン、ビオラ、コントラバスなどのクラシックに使われる弦楽器では感じない「お腹の中心(ある人が言っていたが「子宮に響く音」らしい)」への振動を私には感じる。そしてやはり哀愁。私が「ズルい楽器」と感じる楽器には必ず「哀愁」を感じている。バイオリンにも哀愁を感じるが、チェロの哀愁はより深く、人生の「澱(おり)」のようなものも含んでる気がする。実はチェロを独学で少し弾いていた時期がある。だからチェロと弓がそこにあれば一応音を鳴らすことはできるけど自由に弾くことはできない。あの楽器を自分の弾きたいように弾ける人のことを「ズルい」とも思ってる(笑)。

このブログの冒頭、昨年まで「ズルい楽器」は3つだった。と書いた。昨年「ズルい楽器」が新たに1つ増えた。アラブの琴『カヌーン』。昨年広島オーティス!のオーナー佐伯さんから紹介していただきドイツのベルリンで2回共演したベルリン在住の増田真吾さんが奏でるカヌーン、1音弾いてもらっただけでその音に魅了された。「これはズ、ズルい・・」とすぐに思い「ズルい楽器」認定!ベルリンでは「美しい島(くに)」「バトン」などで参加してもらった。来月、真吾さんが日本に帰ってくるタイミングと私がツアーをするタイミングがうまく合い、しかも四国で会えそうだったので高松ラフハウスで国内初の共演をさせてもらうことになった。私の曲にもちろん参加してもらう予定だけど真吾さんのソロ演奏もとても素晴らしいので楽しんでもらいます。ぜひ観ていただきたい。真吾さんのカヌーン、ほんと良いですよー!

『ハシケン&増田真吾LIVE!』at高松ラフハウス
歌にやられるボーカリスト・ハシケンと、現在ベルリン在住のカヌーン(アラブの琴)奏者・増田真吾が昨年の2度のベルリンで共演を経て今回高松だけのスペシャルライヴが決定!ハシケンと歌とカヌーンの美しい音色が合わさり極上の世界が広がります。
詳しくは→ http://www.hasiken.com/live/190521live

色々なアーテイスト名を書いてみたけど、気になる人がいたらぜひ自分で検索やチェックしてみてくださいねー。


真吾さんの「カヌーン」。見た目も音色も素晴らしく「ズルい」。
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真吾さんの演奏を観ることができる映像。
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2019年04月12日

気持ち。

遠く離れていても気持ちがしっかりと届いてあったかくなる。

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ラベル:気持ち
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2019年04月10日

新しいやつ。

写真に撮るとあらためてでかい(笑)。29センチ。

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ラベル:新しい くつ
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2019年04月09日

今年も6月末から。

昨年初めてロンドンに行ってライヴもできて、ビートルズを初めて聴いた14歳から36年越しにアビーロードにも行けた。今年も6月末からロンドンに行こうと思っている。イベントにも出演できそう。ベルリンやハンブルグでもまたライヴをやりたいしパリでも!

これは昨年アビーロードでビートルズの「I want to hold your hand(邦題:抱きしめたい)」を歌った時。
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歌った時の映像はこちら。
posted by ハシケン at 20:23| Comment(0) | 日々のおもひ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月08日

私のルーツ(リズムの源流)。

4月8日は花祭りということで思い出したことがある。デビュー前の1994年、東京築地にある「築地本願寺ブディストホール」でコンサートを姉にかなり協力してもらって開催したことがある。

そのコンサートのメインとして考えたのは私の故郷・埼玉県秩父に伝わる「秩父屋台囃子」と沖縄民謡の融合だった。日本三代曳山祭りの一つ「秩父夜祭(近年ユネスコ無形文化遺産に登録された)」は、秩父神社の女神様を載せた山車を町中練り歩き、秩父を象徴する山・武甲山の男神様と一年に一度引き合わす祭り事。この祭りに使われる山車はそれぞれ大きく、台車部分上部に屋台囃子を奏でる人たちが天井が狭いながらも入れるスペースがありその上で歌舞伎を演じる舞台も備わった豪勢な作り。江戸時代から行われてきた秩父夜祭は私にとって生まれた時から当たり前の行事。収穫が終わり冬の寒さが厳しさが増す(秩父地方は盆地ということもあり夏は40度くらいまで気温が上がり冬は気温がマイナスになる)12月1日から6日までの期間。6日間秩父神社の祭事はあるがメインは12月2日と3日。小さい頃はお祭りに連れていってもらって冬の乾いた空気に繰り出される豪華な花火を楽しんだ。大きくなってお祭りそのものに行かなくなっても遠くから聴こえてくる地をうねる様に響く屋台囃子と家の窓から見る花火は年末が来たんだなと思わせる最大の恒例行事だった。

秩父屋台囃子は数名の小太鼓に基本一人の大太鼓、鐘、笛で構成されている。小太鼓奏者と大太鼓奏者は途中で入れ替わっていく。集落によって屋台囃子のグルーヴは違う。私が知っていてしかも好きなグルーヴは小太鼓が「跳ねない」スクエアなリズムを刻み大太鼓が「跳ねる」リズムで乗っかっているものだ。このグルーヴが違うものを同一線上に載せ演奏するやり方は世界各地の民族音楽に多数見られる。小太鼓がひたすら「タンタカタカタカ・・・」とスクエアに刻む上に大太鼓が少し横揺れをしながら「ダッドン、ダダダダッドン」などと打っていく。

1993年に沖縄民謡を沖縄県沖縄市で習った時に色々な民謡を唄者を生やカセットやCDで聴ける機会があった。その時に唄三線はあまり跳ねていないリズムなのにそこに加わる太鼓が跳ねていたり・・その逆もあったり。唄三線を一人でやっていて唄はジャズのスウィングを感じさせるグルーヴがあるのに三線はしっかりとしたスクエアな演奏だったり。その逆もあったり。そのグルーヴのおきどころがとても自由だと感じた。それと同時に私が生まれた時から聴いてきた秩父屋台囃子と沖縄民謡を同一線上に奏でることが可能な気がしてきた。

沖縄から戻り「計画」を実行するために動き出した。秩父屋台囃子と言えば、この人!という人がいる。高野右吉さんだ。二代目高野右吉さんと秩父社中は海外公演も精力的に行い太鼓集団の「鬼太鼓座」や「鼓童」の方達にも屋台囃子を教えている。高野右吉さんに実際に会いに行き私がやってみたいことを説明させてもらった。初め私の意図してるものがあまり通じてない印象があったが(私もうまくやりたいことを言葉で説明できなかった気がする)スケジュールを合わせていただき7、8名で秩父から東京築地に来てもらえることになった。

コンサート当日前半は私のオリジナルや沖縄民謡を演奏し後半二代目高野右吉さんと秩父社中の皆さんに登場していただきその勇壮な屋台囃子の上で沖縄民謡「唐船ドーイ」を歌った。今よりおそらく声が出ていなかったと思う(笑)。ただ小さい頃から聴いてきたリズムの上で自分のイメージするものを「遊ばせて」もらった感触がとても気持ちよかった。

余談だがある本で「集落」のことを「シマ」と呼ぶのは沖縄地域・奄美地域・埼玉県秩父地域という記述を読んだことがある。これが本当かどうかちゃんと調べていないがもしそうだとしたらこの3地域に私は全て関わっていて面白い。秩父ははるか遠い遠い昔まだ人が住んでいなかったような時代に海だったらしい。なのでアンモナイトの化石が出土する。そして象徴でもある武甲山は一説に寄ると『南方にあった火山島が活動を終え浸食によって削られサンゴ礁をまとうようになる。そのサンゴによってできた石灰岩の山』らしい。秩父の南に位置する山深い場所「大滝」という地域の人たちの苗字に「千島(ちしま)」という人たちが多い。たくさんの山がある場所に霧が立ち込めると山の頂上部分だけが浮かび上がりたくさんの島のように見えたから、という話を聞いたことがある。でも海がない地域で島を見たことがない人たちばかりだったのに「たくさんの島」のように見えたというのは不思議な話だ。島を知っている遠くの人たちが移住してきた場所なのだろうか。色々思い巡らせることができて楽しい。

ハシケン画 「秩父夜祭」
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2019年04月07日

ちゃんぽん。

ふと二十歳の頃バイトしていた長崎ちゃんぽん屋さんのことを思い出しネットで調べてみたらお店が見つからなかった。お店自体なくなってしまったのかもしれない。

バイトしてた東京赤坂にあった長崎ちゃんぽん屋さんは、その当時おそらく五十歳代の女将さんが一人で調理場を切り盛りしていた。そこに私は調理助手のバイトで入った。調理助手と言っても実際には朝からひたすらキャベツを切ること。かなりの量のキャベツを毎日カット。毎日お昼前からお客さんがたくさん来て大盛況。私の切ったキャベツは毎日ちゃんぽんと皿うどんの具となって消えていった。

まかないはちゃんぽん時々皿うどん。美味しかったなぁ。皿うどんに使う細めの炒麺を一斗缶から出して皿に盛りつける仕事も途中からやったなぁ。私と歳が同じくらいの女性がバイト先輩としていてウエイトレスをしていた。バイトをやめてから一度偶然会ったなぁ。女将さんの名前は確か「春さん」。長崎のじゃがいも焼酎「じゃがたらお春」がお店にあった。今だったら長崎からいつ東京に出てどういう経緯でちゃんぽん屋さんを始めたんですか、とか色々訊くと思うがその当時は全くそんなことも考えず春さんに訊くこともなかった。バイトしてた時から約20年経って2008年に実際に長崎に行ってちゃんぽんを食べた時に、赤坂のお店で食べたちゃんぽんの味を思い出した。長崎の人が美味しいと言って勧めてくれたちゃんぽんの味はもちろん美味しかったが、春さんが作ったちゃんぽんが本当に美味しかったんだなぁと再確認もできた。先日九州行ったばかりだが、次回は長崎にも足をのばしたいなぁ。

ハシケン画。どんぶりが深すぎた(笑)。

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posted by ハシケン at 13:14| Comment(0) | 日々のおもひ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする