2019年02月03日

しあわせについて。

呪縛というタイトルで3日連続(1/29ブログから)で書いたことで、過去に自分が感じていた様々な感情を思い出すことができた。その上でじゃあ、しあわせって何なんだろうと思い巡らせてみている。

根詰めて仕事をやっていて気分転換に何か飲みながら空を見上げた瞬間にその空が今まで見たこともない美しさということに、しあわせを感じる。しあわせになったり、しあわせを感じるということはその影で誰かが犠牲になっている、もしくは誰かの犠牲の上に成り立ってると、実際はそうではないのに感じていないだろうか・・。そんなことも想う。知らないうちにそんな先入観や呪縛のせいで、しあわせを得るためにはストレスを抱えて苦しまないといけない、というようなねじ曲がった体育会系のようなことを思っていないだろうか・・とか。

心からほんとうに「足りない」と自分が感じているもの。それを知りながら動く。最近作り始めた歌はすでに変わり始めている。

pink cloud with sky.JPG


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2019年02月02日

約束の地と「永遠」という言葉。

本格的に曲作りを始めた頃から「永遠」という言葉を歌詞に使うことにこだわりがあった。何度かメロディに歌詞をあてはめる過程で登場してきては毎度毎度却下してきた。曲作りをする中でメロディと歌詞が合わさる時にメロディだけが強くなっていたり歌詞だけが強くなっていたりしていないかどうか・・、メロディも歌詞も強い者同士(本当にそのメロディや言葉がその場に適していて、自分が望んでいるものかどうか、という意味で「強い」)が強いままバランス良く、良い意味で拮抗できているかどうか・・、メロディに言葉を載せた時に、永遠という言葉に自分が描きたい世界を本当に託して良いのだろうか・・。こんな風な曲を作る上での自分の「査定基準」に永遠という2文字は何回も候補に上がってきたが採用されることはなかった。「約束の地」という曲が生まれるまで。

私はほとんどの曲をメロディ先行で作ってきている。メロディ先行でありながら全体を聴いた時にあたかも歌詞から先に書いたように作りたいと若い頃から思い続けてきた。鼻歌のように浮かんできたメロディの断片をギターやピアノを弾きながらコードやそのメロディに合う音の響きを探していき曲を膨らませていくことが多い。メロディの全体が少しずつ見えてきたころ今度はメロディに合う歌詞の断片が出てくる。何度も何度もどこでも歌っていく。完成するまではずっとそのメロディが頭をぐるぐるしている。ご飯食べてても移動中でもライヴ直前であっても・・。だから誰とも話したくないオーラ(笑)を出しながら明後日の方を見つめながら少し恐いような(決して怒ってる訳ではない・・)目つきや顔をしてる時はその作業を頭の中でしていることが多い。

「永遠」という言葉を歌詞に使うのであれば、本当にその途方もない感覚や想い、時間・空間をたった2文字に託して良いと思える歌詞や曲を書けるまでは使いたくないという気持ちやそれ相当の覚悟が必要だと思っていた。それは私が聴いてきた歌謡曲やJ-POPの中に登場した永遠という単語が、あまりにも安易に使われすぎていないか、と疑問を常に感じてたせいもある。全ての「永遠」使用曲を知ってる訳ではないけど。本当に自分が描きたい世界を掘り下げた上でこの言葉をちゃんと使っているのだろうか?という疑問。自分はこの永遠という言葉を使う場合は「その時」が来るまで絶対使いたくなかった。

2002年のある時、グランドピアノがある吉祥寺のスタジオでひたすら曲作りをしていた時、今まで作ったことがない展開の曲の断片が浮かんできた。メロディとピアノで奏でるコード感、そして歌詞の断片が何回も何回もメロディを歌っていく中で広がっていった。メロディや歌詞が絡み合ってするすると浮かんでいく時は全く時間の感覚がなくなっていく。めちゃくちゃ楽しいし苦しくもがくけど出来上がっていく時のうれしさったら他にはない。ライヴで演奏するのとは違う高揚感と充実感が曲作りにはある。だからやめられない。歌詞の中に約束の地という言葉がポンと浮かんできた時にこの曲の方向性はほぼ決まった。そして永遠という言葉が頭をよぎり始めた。サビに出て来る「強く握った手のぬくもりを確かめながら永遠をつかんでいた」。やぶれてしまった自分自身の恋愛があったからこそ書けた歌詞だけど、気が遠くなるほど何回も何回も歌っても、ここには永遠という言葉しかメロディと絡み合うことができない、とはっきりしてきた。「その時」が来たんだと感じた。自分の中で初めて永遠という言葉を歌詞に使っていい、使って歌いたいと思える曲ができた。

約束の地を収録したアルバム『赤い実』のプロデューサー・てっちゃん(ヤマサキテツヤ)とストリングスアレンジとバイオリンを何本も重ねてくれた、たまきあやちゃんの2人が中心になって構築した壮大なアレンジによって、私がこの曲で描きたかった物語を色彩豊かな絵本をめくるように誘(いざな)ってくれている。そしてそのアレンジがしっかり後押ししてくれて、永遠という言葉を歌詞に使った肯定感を更に高めてくれた。

「約束の地」を作っていた時、常に頭に浮かんでいた場所は当時まだその地を踏んでいなかったイギリスからフランス側を見ることができるようなだだっ広い草原のような場所だった。イギリスではないが初めて2005年フランスを訪れた時、ツアーに参加してモン・サン=ミッシェル大聖堂を1人で訪れた。もしかしたらそこが約束の地を作っていた時に浮かんでいた情景の中の1つなのかもと期待を膨らませて向かってみたが、着いてみたら私が想っていたその場所ではなかった。また色々旅をする中で、あの時浮かんでいた約束の地に会えるかもしれない。


約束の地 作詞・曲 ハシケン

まとまった雨が街に滞っていた埃をきれいに洗い流して
すぐそこまで来ている夏の産声を呼び覚ます雷

傘を持たず飛び出してきたことを
今更悔やんでもどうにもならないびしょ濡れ 泣きっ面

体の奥まで濡れてしまえばもうどうでも良くなり
水たまりでわざと飛び跳ねて
街をすり抜けたら海沿いの道歩いてゆく

急に休みがとれて出かけようと決めた場所は
君と果たせなかった約束の地

いつか君と見上げた空は不安のカケラもない澄みわたる青空
強く握った手のぬくもりを確かめながら永遠をつかんでいた

重くたちこめた鉛色の雲は夕方近くになればなるほど
大陸からふきつける風の力で東へ東へ渡ってく
さっきまでの大雨がうそのように止んで
顔をのぞかせた夕陽が照らす

遠く遠くあの空の下で夢見てた風景が目の前に展がる
黄金色に輝いていた秋の日を君も憶えているのだろうか

いつか君と見上げた空は不安のカケラもない澄みわたる青空
強く握った手のぬくもりを確かめながら永遠をつかんでいた

いつか君と訪れることを夢見てた風景が目の前に展がる
北の空に降りつづいている星屑を君もどこかで見てるのだろうか

Mont Saint-Michel card.JPG
モン・サン=ミッシェル大聖堂で買った絵葉書。





posted by ハシケン at 23:09| Comment(0) | 曲について | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月01日

補助輪。

車を運転してたら遠くの方にすごくすごくゆっくりとしかもちょっとヨレヨレな感じで道を横切ろうとしてる自転車が見えたから、速度を緩めて近づいてみると80歳すぎたくらいのおじぃ。まあまあ近づいて車を停めておじぃが道を渡りきるまでずっと待って見ていたら、そのヨレヨレ感で自分が初めて自転車に乗れた頃ってってどんな感じだったけって色々思い出した。

初めは補助輪をつけてて、そろそろ補助輪を外しても大丈夫とふんで外してみたものの(片りん走行にしてだんだんと慣れるみたいなことはしなかったなぁ・・)走りだす度に転んでひどい時はお腹をハンドルで打った。痛かった。それからどのくらいの時間をかけてちゃんと乗れるようになったかは憶えてないが、初めて補助輪もなく誰の手も借りずに走った時に風をきった気持ち良さは今もしっかり憶えてる。うれしくてひたすらまっすぐ走っていった。あの風の気持ち良さは残ってる。

ふと見るとおじぃが道を渡りきったあともまだヨレヨレで家の前にある空きスペースの中でやっと停まるところだった。時間がゆっくり流れてる場所でほんと良かった〜。おじぃに補助輪あげたくなった。

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ラベル:おじぃ 補助輪
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2019年01月31日

呪縛その3。(昨日からのつづき)

(昨日のブログからのつづき)
変わりたいと思っても中々変わることはできなった。でも2011年3月東日本大震災が起こったことで大きく変わった。ハシケンmeets伊藤大地のアルバム『ファンタジー』に収録した「この世界で」の冒頭の歌詞「もう何もかもあの日を境にしてすべて目に見えるものも見えないものも変わった」。震災後思ったことをそのままストレートに書いた歌詞だ。18の時、実家を出てずっと東京を中心に活動してきたけど縁ある奄美へ移住を決めそこから再スタートになった。各地をツアーでまわっていく感覚で言えば東京を中心に活動するのも奄美を中心に活動するのもあまり大差はない。でも拠点にする場所に住む人たちのタイム感の違いや豊かな自然に囲まれてる土地での生活リズムによって明らかに自分の中に変化が生まれた。長年ライヴをやらせてもらってる福山ポレポレのマスターyuさんに奄美に移ってからのライヴで「ハシケンのリズムは今までも大きくゆったりしてると思ったけど、奄美に行ったらより大きくなりよった」と言われたり他の何人もの人たちに同じようなことを言われるようになった。自分が本来あるべき姿、どういう自分になりたいのか、ということを改めて見つめ直す時間をもらった気がした。そこからだんだんとあの時感じた挫折感からくる呪縛から少しずつだけど解放されていく感覚があった。

震災前から続いている音楽活動でもたくさん色々なことを体験させてもらってきたが、移住してからもハシケンmeets伊藤大地としてCD2枚、ハシケン名義、大ちゃんとガチャピンさんとのハシケントリオでのCD制作・ライヴ。ベチコちゃんとの「た・た・たび」、色々な人との2マン、ツアー。河瀬直美監督とは今もつづく「日本アーカイブス」でのWEB作品作りと2つの映画での音楽担当。「朱花(はねづ)の月」「2つ目の窓」、両作品ともにカンヌ国際映画祭に公式ノミネートされた。「朱花の月」は震災直後に公開ということと奄美への移住の準備もすでに始まっていたこともありカンヌ行きは断念したが、奄美でほぼ全編撮影された2014年の「2つ目の窓」ではカンヌに行くことができた。中村瑞希ちゃんとの連名で音楽を担当した若松孝二監督の遺作となった「千年の愉楽」。シンガーソングライターという歌詞と曲を作り歌うことを中心にやってきたのに3作品のインスト中心の映画音楽制作に携われたことは大きな財産になった。東京を中心に活動していなくても色々なことができるということをまだまだ力不足だが少なからず実証できたような気がしている。

昨年ヨーロッパでライヴを経験した時、呪縛からやっとお別れできるような予兆を感じた。それはドイツやイギリスで全く私のことを知らないし日本語もわからない人たちの前でたった1曲歌っただけでもうれしい反応をもらえて新たな手応えを感じることができたことも大きかった。そして今、今まで以上に自分のやりたいことをやってみんなに楽しんでもらいたいという気持ちと今まで私のライヴを見つづけてきてくれた人たち、CDを聴き続けてきてくれた人たち、いろんな事情があってライヴには最近来れなくてもずっと応援してくれている人たち、各地でライブを企画してくれたり手伝ってくれている皆さん、様々な形で協力・共演させてもらってきたミュージシャン、アーティストの皆さん、そしてスタッフへの感謝の気持ちがあふれ出た。ありがとう。時間はかかったけど、またここから。いろんな形で皆さんにまた会えるを楽しみにしてます。

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posted by ハシケン at 23:45| Comment(0) | 日々のおもひ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月30日

呪縛その2。(昨日からのつづき)

(昨日のブログからのつづき)
ありがたい話だがリスペクトから「感謝」「限りなくあの空に近い」の2枚をリリースさせてもらっても尚私はずっとこの挫折感を抱き続けメジャーでなくなったということを納得できないままだった。「感謝」リリース後のある日、リスペクトからリリースしている他のアーティストと私のライヴがかぶってしまい、他のアーティストのライヴだけにリスペクトの高橋社長が顔を出したことに憤慨したことがある。高橋社長と他1、2名のスタッフでリスペクトは当時運営していたので無理はできないと知っていたし、できる限りのことをリスペクトにやっていただいてるとわかっていたのにいろんな気持ちがないまぜになった結果心がざらざらしていた。でもそのことがきっかけに人任せにすることはやめて自分でツアーをまわろうと思うようになった。「音泉マップ150」(遠藤ミチロウさん編)という全国各地のライヴハウスやライヴができるカフェを網羅した本と出会いその中に載っていた会場に連絡をしてライヴをやらせてもらうようになった(その本の中に今でもつき合いの続く名古屋トクゾーや福山ポレポレもあった)。

宿泊代を浮かすために車の中で眠れるような仕様にして自分で運転して北海道から九州までツアーをした。ライヴが終わると車を走らせ高速道路のパーキングエリアで眠って朝になったらまた次の目的地へ。その時に車でよく聴いていたのがリクオさんのアルバム「ヘブンズブルー」。収録曲「ソウル」には本当に助けられた。自分は音楽を続けていいんだ、と思わせてくれた。その後自主制作でハシケンフルバンドスタイルの原型とも言える大所帯の編成で「hasiken presents”WAIDO”」を出したり、ヤマハから「赤い実」「青い月」を出していくことになるが、それでもあの時感じた挫折感がなくなるということはなかった。ちょっとしたことでふと自分の気持ちの中にざらざらした感じが蘇った。

以前ヤフー知恵袋に「えびす温泉をきっかけにデビューしたハシケンという人は今も音楽活動してるんでしょうか?」という趣旨の質問を見つけた。その質問を見つけた時「ネットで検索したら公式ホームページもあるんだし自分でちゃんと調べたらいいのに」と正直思ったけど(笑)。ベストアンサーは「元ちとせさん等に楽曲を提供してライヴ活動していますよ」というような内容だった。その答えにはうれしかったが質問の内容にまたざわざわするものがあった。テレビを観ることでほとんどの情報を得てる人にとってテレビに出てちょっと有名になった人が急に出なくなると、その人は存在しないのと同じになってしまうんだなぁと痛感した。バリバリに本当に自分のやりたいことをやっていて活動していてもテレビをはじめメディアに出ていないと「存在しない」のと同じになってる人が世の中にたくさんいるんだろうなぁとも考えた。少し話が外れるがマネージメントをお願いできないかの相談を2005年頃2人の事務所社長にしたことがある。2人の返答は全く同じで「心からあなたの音楽を好きになってくれる人を探したほうがいいですよ。」だった。私の音楽には興味がないんだなぁと感じた。

人は変わりたいと思ってもなかなか変われないものだなぁと思う。(明日のブログにつづく)


posted by ハシケン at 21:51| Comment(0) | 日々のおもひ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする